テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.06.28

ネットを騒がした「国際信州学院大学」とは何か?

 「メディアリテラシー」「ネットリテラシー」といった言葉を耳にするようになりました。これらの言葉はメディアの発信するニュースやネット上の記事などを鵜呑みにせず、発信者の意図や、情報の真偽を読み解き、また、正しく情報を発信する力のことをいいます。

 昨今、TwitterなどのSNSの影響力が高まり、一方で真偽の分からない「フェイクニュース」が世界的な問題になっていることから、「メディアリテラシー」があらためて問われています。そんな時代に、ネット上である事件が起きました。

加害者も被害者もいないドタキャン事件

 2018年5月、「うどんや 蛞蝓亭(なめくじてい)」というアカウントのツイートが多くのユーザーに拡散され、一躍話題となりました。内容は次のようなものです。

「50人で貸切の予約で料理を準備していたのに、当日に無断でドタキャンを受けた。国際信州学院大学の教職員の皆さん、二度と来ないでください」

 予約をドタキャンされ、大量のうどんがあまってしまったという内容です。ツイートには、食べ手を失ったうどんが並べられている写真が添付されており、瞬く間にうどん屋への同情が集まりました。一方でドタキャンした大学の教職員に対しては非難轟々(ごうごう)。なかには「お金を払うので食べに行きます」といったメッセージや、うどん屋のアカウントへ謝罪した在校生に、「学生は悪くない」と擁護するユーザーの声もありました。

 ところがこの「うどんや 蛞蝓亭」、実は架空のうどん屋だったのです。ならば批難の的となってしまった大学への嫌がらせなのかと思いきや、何と加害者の「国際信州学院大学」も架空の大学。さらにうどん屋に謝罪した在校生を名乗る数名のアカウントも、全て実在していないことが明かになったのです。

入念な仕込みがなされたネット上のたわむれ

「国際信州学院大学」のホームページへアクセスしてみると、一見普通の大学のホームページのようです。ところが、よくよく見ると、校章下の標語は「為せば成る、為さなくてもなるようにはなる」と、ちょっと笑ってしまうような内容。標語の下に、それらしく書かれたフランス語は「このページは架空のものです」となっており、ジョークサイトと分かる仕組みになっていました。各コンテンツの各所にブラックな笑いが隠れており、眺めていると「なかなかおもしろい」というのが正直な感想です。

 その上で、「国際信州学院大学」は一連のTwitter上での出来事について飲食店に対する謝罪文を掲載し、さらに「架空の大学では?」と話題になっている件にも言及。「本校は実在します」と前置きした上で、「架空の情報にだまされないようご注意ください」と来るのだから、仕掛け人のほくそ笑みが見えるようです。

 ネタの仕込みは約1か月前からはじまっており、パッと見てもそれぞれのアカウントが偽物だと分からないようにされていました。この手の込んだイタズラは、インターネット掲示板「2ちゃんねる」の後身となる「5ちゃんねる」のユーザーによって行われたのだとか。「メディアリテラシー」「ネットリテラシー」は、受け取るだけでなく、発信する力のことも指します。5ちゃんねるのユーザーは「ネットリテラシー」が高い人々が多く、そのためにクオリティの高いジョークサイトが完成したようです。

 こうしたイタズラをネット用語では「釣り」といい、ネット上の遊びの1つともとらえられ、一種のたわむれに過ぎません。そのたわむれに、今回はたくさんの人が「釣られて」しまったというオチでした。

情報の迷路のような時代

 事実が明るみになると、「国際信州学院大学」の一連のツイートは「ネタ」として扱われ、実際に多くの人がジョークを楽しみました。しかしその一方で「これがもっと悪意のあるものだったらどうなっていたんだろう」という、ネットリテラシーのあり方を考える意見も数多く見受けられます。

 現在は、新聞やテレビといった大手メディア以外にも、SNSや個人ブログ、動画サイトなど、数え切れないほどの情報発信源が存在している時代です。人を傷つけようという悪意のある情報と発信者もいれば、善意を含んだデマ、今回のようなジョークが隠れている出来事などさまざまです。実際に2011年の震災では、「ライオンが動物園から逃げた」といったデマが拡散されたり、放射能について真偽不明の情報がまことしやかに流れたことは記憶に新しいと思います。

 まるで情報の迷路のような時代ですが、せめて自分の周囲の情報だけでも、真偽を見定められる力をつけたいところですね。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

「集権と分権」から考える日本の核心(5)島国という地理的条件と高い森林率

日本の政治史を見る上で地理的条件は外せない。「島国」という、外圧から離れて安心をもたらす環境と、「山がち」という大きな権力が生まれにくく拡張しにくい風土である。特に日本の国土は韓国やバルカン半島よりも高い割合の...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/15
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
2

外政家・原敬とは違う…職業外交官・幣原喜重郎の評価は?

外政家・原敬とは違う…職業外交官・幣原喜重郎の評価は?

外交とは何か~不戦不敗の要諦を問う(2)外交と軍事のバランス

国際関係においては外交と軍事(内政)のバランスが重要となる。著書では、近代日本において、それらのバランスが崩れていった過程を3つのステージに分けて解説しているが、今回はその中の、国のトップが外政家・原敬から職業外...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/09/12
小原雅博
東京大学名誉教授
3

狩猟採集生活の知恵を生かせ!共同保育実現に向けた動き

狩猟採集生活の知恵を生かせ!共同保育実現に向けた動き

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(3)共同保育を現代社会に取り戻す

ヒトは、そもそもの生き方であった狩猟採集生活でも子育てを分担してきた。それは農業社会においても大きくは変わらなかったが、しかし産業革命以降、都市化が進み、貨幣経済と核家族化と個人主義が浸透した。ヒトが従来行って...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/09/14
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長
4

フーリエ解析、三角関数…数学を使えば音の原材料が分かる

フーリエ解析、三角関数…数学を使えば音の原材料が分かる

数学と音楽の不思議な関係(3)音と三角関数とフーリエ級数

音が波であることは分かっても、それが三角関数で支えられていると言われてもピンとこないという方は少なくないだろう。そこで、その話を補足するのが倍音や周波数という概念であり、そのことを目で確認できるとっておきのイメ...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/09/11
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
5

トランプ・ドクトリンの衝撃――民主主義からの大転換へ

トランプ・ドクトリンの衝撃――民主主義からの大転換へ

トランプ・ドクトリンと米国第一主義外交(1)リヤド演説とトランプ・ドクトリン

アメリカのトランプ大統領は、2025年5月に訪れたサウジアラビアでの演説で「トランプ・ドクトリン」を表明した。それは外交政策の指針を民主主義の牽引からビジネスファーストへと転換することを意味していた。中東歴訪において...
収録日:2025/08/04
追加日:2025/09/13
東秀敏
米国大統領制兼議会制研究所(CSPC)上級フェロー