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DATE/ 2018.08.27

「宇宙はにおいますか?」破天荒な宇宙Q&A本とは?

破天荒な宇宙Q&A本に見る、ひと味もふた味もちがう問い

 宇宙は、人類にとってわからないことだらけ。謎の宝庫です。宇宙についての入門書には、そうした宇宙の謎を問うQ&A形式の本がたくさんあります。ですが、この本はひと味もふた味もちがいます。

 角川ソフィア文庫『ここまでわかった宇宙100の謎』。名古屋大学大学院教授の福井康雄さんが監修したこの本は、名古屋大学理学部 天体物理学研究室の「宇宙100の謎」プロジェクトから生まれたもので、シリーズ2冊目になります。普通の宇宙Q&A本と思って読むと、その破天荒ぶりに仰天することでしょう。

まさかの「宇宙はにおいますか?」

 では、世間の多くの宇宙Q&A本とこの本では、何がちがうのでしょう?本を開いて、まず驚くのは、その「Q」が斬新なことです。たとえば、こんなふうに。

「宇宙はにおいますか?」
「月は冷たいのですか?」
「宇宙って男性ですか、それとも女性ですか?」
「宇宙人から見た地球人の姿は、グロテスクなものなのでしょうか?」

 「え、なに?」「何その質問?」「どうしてこんな変な質問がのってるの?」と思いませんか。理由は簡単です。それは、この本で紹介されている「謎」が、一般公募で募集し、市民から寄せられた質問だからです。だから、こんな質問も登場します。

「頭の中に宇宙全体のイメージを描いてみたいのですが、なんとかなりませんか?」
「本当に星ってあるんですか?『宇宙人がすごく大きな張り紙に穴をあけてて、みんながそれを見てるだけ」とか思うんです。」
「宇宙へ行く理由はなんですか?お金をかけるのは大変では?」

 最後の質問など、宇宙への興味や憧れがあるからこそなったであろう宇宙や天体の専門家にとっては、むしろ答えに困る問いなのではないでしょうか。「だって、そりゃ行きたいでしょう?」という困惑顔が目に浮かぶようです。

 普通、多くのQ&A本は、専門家が考える問いに、専門家が自ら回答する形をとっています。自問自答ともいえるこのスタイルは、要するに科学者が市民に知っておいてもらいたいことを選んで、それについて解説しようという姿勢とも言えます。

 ですが、「それでは、科学が本当に社会に開かれたことにはならない、と思います」と、本書の「はじめに」で、福井さんは書いています。福井さん達は、科学にも双方向的コミュニケーションが大切と考え、この本を出版しました。それは、この本の「ちがい」の2つめのポイントにもつながってきます。

「あります」「できません」と答える明快さ

 2つ目のユニークな点、それは「対話度の高さ」です。一例として、「謎7」と「謎8」を続けて見てみましょう。

「謎7 宇宙と地震とは関係あるのですか?
 あります。
 地球は、自分自身の万有引力によって球体として固まっている天体です。地球をつくっている地面を含む地層は……(以下略)」

「謎8 原発施設を宇宙に廃棄することはできないでしょうか?
 残念ながらできません。
 現在のロケット一基で打ち上げることのできる荷重は一トンぐらいですが、使用済みの原子炉燃料は、日本だけでも一万トンを超えます。……(以下略)」

 問われた質問に、「あります」「できません」と、まずハッキリと答える潔さ。続く説明は専門的な詳しい話になっていきますが、最初にイエスかノーかがわかったうえで理由が説明されるので、読者はスッキリした気分で読み進めることができます。「宇宙人はいますか?」という問いにも「もちろんいます」と断言する思い切りのよさ。「眼の前にいる人と対話をするかのような語り口」は、次の謎と答えも見たいという気持ちを起こさせてくれます。

自然科学から、人文科学、社会科学まで、広く深い視点

 3つ目の「ちがい」は、答えの斬新さです。とくに、ありがちなQに対するAの非凡さが出色です。たとえば「どうして星が生まれたのですか」という、49番目の謎。よくありそうなこの問いに対して、福井さんはこう答えます。

 「人間が眺めて宇宙を感じるために神が星をつくってくれたとしたら、とてもありがたい配慮であったと思います。人は星から生まれ、星を愛でて楽しい人生を送ることができるのです。
 ここ四〇〇年の人間の科学は、別の答えの可能性を示唆します。基本は重力、物質には常に互いに引き合う力が働くことです。……(以下略)」

 「普通の答え」がどのようなものかが気になる人は、ぜひ、この問いをインターネットで検索してみてください。検索結果には、類似のQ&Aがいくつも表示されるでしょう。そしてそれらは比較的おなじようなことを言っているでしょう。

 このちがいはどこから生まれたのでしょうか?それは、福井さんたちが、天文学などの自然科学の視点だけでなく、哲学、科学政策論など人文科学、社会科学なども含めた、より広い視点からの回答をめざしたからです。なかには、回答者の遊び心がうかがえる、ダジャレのような回答もあるほどです。「宇宙って男性ですか、それとも女性ですか?」「女性です、しかも未婚の。だって、ミス・ユニバースって言うでしょ」というように(笑)。

誠実で対等な対話で、宇宙に親しむ

 一般の読者との双方向的コミュニケーションをめざすと言っても、なかなかこうはいきません。ほんとうに深く理解していないと、むずかしいことを平明に説明することは容易ではないからです。監修の福井さんをはじめ、この本の執筆陣の専門家は、とてもよく広く深く宇宙のことを理解しているからこそ、それを「普通の言葉」で語ることができるのです。

<参考文献>
『ここまでわかった宇宙100の謎』(福井康雄監修、KADOKAWA/角川学芸出版)
https://www.kadokawa.co.jp/product/301511001416/

<関連サイト>
・宇宙100の謎(名古屋大学理学部 天体物理学研究室)
http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/100nazo/
・名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学研究室
http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/ae/index.html
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