テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2015.05.12

日本人が「空気を読む」理由とは?KYのすすめ


「K=空気」「Y=読めない」でKY。この言葉が流行ったのは2000年代からだ。この言葉は主に場の空気を読めないで、独りよがりな行動を取ることを非難する意味合いで使われていた。しかし、KY力こそ日本人に足りない能力なのかも知れないとしたらどうだろう?

空気と原則

 明治維新以降、日本が目標においてきた欧米社会は空気を読まない社会である。正確に言えば欧米社会に読むべき空気がないわけではなく、集団の雰囲気や組織の人間関係などもちゃんと存在していて、それらに流されてしまうことも当然ある。しかし、日本に比べ、それらに優先する「原則」が機能しやすい社会であることも確かなのだ。

 原則とは、空気を超越するルール、法律、宗教、論理性などのことである。例えば就業時間が終わっても、上司や同僚が帰らないから、気まずくて自分も延々と残業をするといったことは起こりにくい。

 自分の仕事は自分の裁量で進めたり、終業時間はルールだからということで、きっちり帰るという行動がとりやすいのだ。

日本は原則が無視されやすい

 一方で日本は、こういった原則は無視され、その場の人間関係を基準に個人や集団の行動が決定される傾向がある。これは、元々格差が少なく、均質性の高い安定した社会だったことが原因している。

 こういう社会では、周囲の人間関係だけに気を配っていれば、安心して暮らせた。ルールや論理性などの一貫した原則よりも、その場その場をどう上手にしのぐかの方が大事だった。

 例えば、農業などは1年間のサイクルの中でやることが決まっている。年貢を取り立てる支配層もそんなに変わらない。例え変わっても、支配者のやることは特に変わらないという江戸時代のような社会にはそれがいちばん良い処世術だったわけだ。

 家柄や慣習で、個々人の役割は大体決まっており、その役割さえ果たしていれば、なんとなく上手く暮らせる社会だった。隣人がどういう人かも分かりやすいから、気軽に醤油や味噌を借りられるし、組織の中でも、先輩はかくあるべし、後輩はかくあるべしということが自然に決まっていて、その人間関係の中で上手に役割を果たせば、楽に生きられる社会だった。

 逆に個性を発揮しようものなら、「出る杭は打たれる」ということになってしまう。こういう社会では人間関係を犠牲にしても絶対に守らなければいけない普遍的な原則は生まれにくいし、原則論も通用しにくい。「そんな固いこというな」とか「空気を読め」という話になりやすいのだ。いわば、「原則がないことが原則」というのが日本社会の姿だったのだ。

KYという言葉が流行ったのは社会が目まぐるしく変化し始めたから

 さて、KYという言葉が流行る前も「空気」という概念は確かに存在し、人々の行動規範になっていた。しかし、ことさらこの言葉が強調されるようになったのは、日本社会の「共通前提」が消えたからだ。

 共通前提とは、後輩ならかくあるべし、先輩ならかくあるべしと言った、わざわざ説明されなくても予め各人の間で了解されている「常識」ということだが、グローバル化や格差の深刻化で日本人の均質性が失われてきた結果、共通前提も同時に消えてきたのだ。

 しかし、急激な変化だったので、その代わりになる行動規範、つまり「原則」がない。その不安が、逆説的に空気ということが強調されることにつながった。しかし、そのような環境で主張される空気というのは結局多数派や声の大きい人間の気分ということになりがちだ。昔のような変化の少ない環境の中での空気と異なり、次々に移り変わってしまう。

空気なんてどうせすぐ変わるから、読まない方が得することが多い

 昔の「空気を読む」は、楽に生きるための処世術だった。しかし、現代の「空気を読む」は、不安で仕方ないから頑張ってやらなきゃいけないことになっている。

 次々に移り変わる空気を読むために努力をしても、それは永遠に終わらない作業なので疲弊するばかりで何も得しない。だから、職場でも学校でも、場の空気に関しては無視するか、適当に合わせておいて、もっと違う部分に注力をしていた方が、後々の実りはずっと大きい。

 個々人の時間や能力には限界があるが、それらを何に配分するかはとても重要なことだ。最近はKYの他にも、グローバルスタンダードやコンプライアンスが強調されるようになってきた。原則論が通用する社会に日本も段々となってくるだろう。次々に移り変わる場の空気は無視して、来るべき未来に時間も能力もお金も投資するのが、幸福への近道なのかも知れない。

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

相互依存で平和は保てるか…EUの深化・拡大の難題とは

相互依存で平和は保てるか…EUの深化・拡大の難題とは

地政学入門 ヨーロッパ編(9)EUの深化・拡大とトルコの問題

国際政治の理論として国同士の経済交流、相互依存が安全保障、つまり平和を維持できると伝統的に考えられてきたが、今般の国際政治ではそれは必ずしも当てはまらないようだ。そこでEUの問題である。国の垣根を越えて世界国家に...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/06/30
小原雅博
東京大学名誉教授
2

最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか

最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか

第2次トランプ政権の危険性と本質(8)反エリート主義と最悪のシナリオ

反エリート主義を基本線とするトランプ大統領は、金融政策の要であるFRBですらも敵対視し、圧力をかけている。このまま専門家軽視による経済政策が進めば、コロナ禍に匹敵する経済ショックが世界的に起こる可能性がある。最終話...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/06/28
柿埜真吾
経済学者
3

江藤淳と加藤典洋――AI時代を生きる鍵は文芸評論家の仕事

江藤淳と加藤典洋――AI時代を生きる鍵は文芸評論家の仕事

AI時代に甦る文芸評論~江藤淳と加藤典洋(1)AIに代わられない仕事とは何か

昨今、生成AIに代表されるようにAIの進化が目覚ましく、「AIに代わられる仕事、代わられない仕事」といったテーマが巷で非常に話題となっている。では、AIに代わられない事とは何であろうか。そこで、『江藤淳と加藤典洋』(文...
収録日:2025/04/10
追加日:2025/06/25
與那覇潤
評論家
4

遍歴とアバター…多様な仏、多様な菩薩が変容する面白さ

遍歴とアバター…多様な仏、多様な菩薩が変容する面白さ

おもしろき『法華経』の世界(5)遍歴するアバター

『銀河鉄道の夜』の著者・宮沢賢治にとってもそうだが、『法華経』の重要なテーマは「遍歴」であると考えられる。遍歴や修行の旅は、仏教的には方便を用いて悟りに向かうことだが、『大日経』住心品には悟りと大悲こそが究境と...
収録日:2025/01/27
追加日:2025/06/29
鎌田東二
京都大学名誉教授
5

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授