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日本人が「空気を読む」理由とは?KYのすすめ
「K=空気」「Y=読めない」でKY。この言葉が流行ったのは2000年代からだ。この言葉は主に場の空気を読めないで、独りよがりな行動を取ることを非難する意味合いで使われていた。しかし、KY力こそ日本人に足りない能力なのかも知れないとしたらどうだろう?
空気と原則
明治維新以降、日本が目標においてきた欧米社会は空気を読まない社会である。正確に言えば欧米社会に読むべき空気がないわけではなく、集団の雰囲気や組織の人間関係などもちゃんと存在していて、それらに流されてしまうことも当然ある。しかし、日本に比べ、それらに優先する「原則」が機能しやすい社会であることも確かなのだ。原則とは、空気を超越するルール、法律、宗教、論理性などのことである。例えば就業時間が終わっても、上司や同僚が帰らないから、気まずくて自分も延々と残業をするといったことは起こりにくい。
自分の仕事は自分の裁量で進めたり、終業時間はルールだからということで、きっちり帰るという行動がとりやすいのだ。
日本は原則が無視されやすい
一方で日本は、こういった原則は無視され、その場の人間関係を基準に個人や集団の行動が決定される傾向がある。これは、元々格差が少なく、均質性の高い安定した社会だったことが原因している。こういう社会では、周囲の人間関係だけに気を配っていれば、安心して暮らせた。ルールや論理性などの一貫した原則よりも、その場その場をどう上手にしのぐかの方が大事だった。
例えば、農業などは1年間のサイクルの中でやることが決まっている。年貢を取り立てる支配層もそんなに変わらない。例え変わっても、支配者のやることは特に変わらないという江戸時代のような社会にはそれがいちばん良い処世術だったわけだ。
家柄や慣習で、個々人の役割は大体決まっており、その役割さえ果たしていれば、なんとなく上手く暮らせる社会だった。隣人がどういう人かも分かりやすいから、気軽に醤油や味噌を借りられるし、組織の中でも、先輩はかくあるべし、後輩はかくあるべしということが自然に決まっていて、その人間関係の中で上手に役割を果たせば、楽に生きられる社会だった。
逆に個性を発揮しようものなら、「出る杭は打たれる」ということになってしまう。こういう社会では人間関係を犠牲にしても絶対に守らなければいけない普遍的な原則は生まれにくいし、原則論も通用しにくい。「そんな固いこというな」とか「空気を読め」という話になりやすいのだ。いわば、「原則がないことが原則」というのが日本社会の姿だったのだ。
KYという言葉が流行ったのは社会が目まぐるしく変化し始めたから
さて、KYという言葉が流行る前も「空気」という概念は確かに存在し、人々の行動規範になっていた。しかし、ことさらこの言葉が強調されるようになったのは、日本社会の「共通前提」が消えたからだ。共通前提とは、後輩ならかくあるべし、先輩ならかくあるべしと言った、わざわざ説明されなくても予め各人の間で了解されている「常識」ということだが、グローバル化や格差の深刻化で日本人の均質性が失われてきた結果、共通前提も同時に消えてきたのだ。
しかし、急激な変化だったので、その代わりになる行動規範、つまり「原則」がない。その不安が、逆説的に空気ということが強調されることにつながった。しかし、そのような環境で主張される空気というのは結局多数派や声の大きい人間の気分ということになりがちだ。昔のような変化の少ない環境の中での空気と異なり、次々に移り変わってしまう。
空気なんてどうせすぐ変わるから、読まない方が得することが多い
昔の「空気を読む」は、楽に生きるための処世術だった。しかし、現代の「空気を読む」は、不安で仕方ないから頑張ってやらなきゃいけないことになっている。次々に移り変わる空気を読むために努力をしても、それは永遠に終わらない作業なので疲弊するばかりで何も得しない。だから、職場でも学校でも、場の空気に関しては無視するか、適当に合わせておいて、もっと違う部分に注力をしていた方が、後々の実りはずっと大きい。
個々人の時間や能力には限界があるが、それらを何に配分するかはとても重要なことだ。最近はKYの他にも、グローバルスタンダードやコンプライアンスが強調されるようになってきた。原則論が通用する社会に日本も段々となってくるだろう。次々に移り変わる場の空気は無視して、来るべき未来に時間も能力もお金も投資するのが、幸福への近道なのかも知れない。
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