テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2022.01.28

「子どものスポーツ格差」――体力二極化問題を考える

 近年、「格差」という言葉が一つのトレンドワードになっています。その切り口はさまざまで、教育格差や医療格差から、保育格差、夫婦格差、キャリア格差、健康格差定年格差、マンション格差、沿線格差、都道府県格差、そして葬式格差まであります。

 その一つに「スポーツ格差」があるのですが、皆さん聞いたことがありますでしょうか。経済格差は教育格差につながるというのはよく言われていることですが、同様にして経済格差はスポーツ格差にもつながるということです。

 今回はスポーツ格差とは何かについて『子どものスポーツ格差 体力二極化の原因を問う』(清水紀宏編著、大修館書店)を参照しながらご案内いたします。なお、編著者の清水紀宏氏は筑波大学体育系教授で、専門分野はスポーツ経営学です。

日本の貧困率は世界でトップクラス

 まずはどのくらい日本の中で経済格差が広がっているのかを確認しておきましょう。これは「子どもの貧困」に着目するとよくわかります。子どもの貧困率は2003年の時点で13.7パーセントでした。それが2012年には16.3パーセントにまで上昇。つまり、子どもの6人に1人が生活困窮状態に陥っていることになります。1学級で考えると、およそ6人の割合です。

 それが2018年には13.5パーセントに下がり、少々改善はされましたが、それでも7人に1人という割合です。さらに驚くべきは「ひとり親世帯」に絞って統計をとってみると貧困率は58.7パーセント。これはOECD加盟諸国中でトップ(最悪)でした。

 子どもの貧困にかぎらず、日本の格差は世界でトップクラスといっていいほど広がっているのです。

スポーツ格差の「許容できない不当で不平等な差異」とは何か

 以上の日本の格差状況を踏まえた上で、本題の「スポーツ格差」について考えてみましょう。

 先述の清水氏はスポーツ格差のことを次のように定義づけています。

「子どもが生まれ育つ家庭・地域・学校など生活環境の条件が原因となって生じる、1:スポーツ機会へのアクセス、2:運動・スポーツ習慣(スポーツライフ)、3:運動・スポーツ活動への意欲、4:体力・運動能力水準等、スポーツ活動によって獲得されるアウトカム、にかかわる許容できない不当で不平等な差異。」

 この「許容できない不当で不平等な差異」とどういうことなのでしょうか。

 たとえば、人格形成に大きな影響を与えるようなことがあるとしたら、「許容できない不当で不平等な差異」といっても大袈裟ではないでしょう。実はスポーツにはそのくらいの影響力があります。

 身近な例を挙げると、みなさんも経験のあることだと思いますが、「スポーツができる」ことは学校のクラスの人気者の一つの条件になっています。これは統計でも明らかになっています。

 一方、スポーツが好きではない、スポーツが不得意な子は、相対的に学校生活への満足度が低く、友人関係も築きにくく孤独に過ごす傾向にあるということも明らかになっているのです。また、学力の低い子は体力・運動能力も低い傾向にあるということが明らかになっています。

 ということで、学校生活への満足度と学力という、この二点だけとっても、スポーツとの関わりが「許容できない不当で不平等な差異」になりうることが納得できるのではないでしょうか。

スポーツの無償化のために

 スポーツ格差が想像以上に由々しき事態であることはわかりました。では、スポーツ格差を改善するためにはどうすればいいのか。清水氏は「スポーツの無償化」を提案しています。ただし、こうした提案に対しては「財源はどうするんだ」という声が必ずあがります。

 財源について清水氏は、スポーツ振興くじ(toto)の助成金の費目に「子どもスポーツ援助金」のような枠を新設することを提案しています。スポーツ振興くじの趣旨と照らし合わせてみても、これはかなり現実的な提案なのではないでしょうか。

 いま日本ではスポーツ・ベッティングの導入も議論され始めています。スポーツ・ベッティングは直訳するとスポーツへの賭け事という意味になりますが、欧米ではかなり盛んになっており、政府内にはこれを財源にして部活動の費用に充てるという案も浮上しているようです。

 もちろんどんな方法をとるにしても、メリットとデメリットがあります。具体的にどんな解決策が相応しいのかは慎重に検討していく必要がありますが、清水氏の主張しているように、スポーツ格差の影響が、つまり体力の格差がその人の人生にどれほど多大な影響を与えているのかという点は、いち早く、なるべく多くの人に共有されるべきではないでしょうか。そのためにも本書は貴重な一冊になることでしょう。

<参考文献>
・『子どものスポーツ格差 体力二極化の原因を問う』(清水紀宏編著、大修館書店)
https://www.taishukan.co.jp/book/b593444.html

<参考サイト>
筑波大学 体育・スポーツ経営学研究室
https://tsukuba-sport-management-lab.jimdofree.com/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

40歳未満は2%…若手政治家が少ないという大きな問題

40歳未満は2%…若手政治家が少ないという大きな問題

「議会と民主主義」課題と処方箋(6)若者の政治参加率が低いという問題

若者にもっと政治に参加してもらうためにはどうすればいいのだろうか。若年層の投票率の低さはそのまま政治への関心の低さを表しているが、実際に彼らの政治参加を阻む要因として、被選挙権の年齢が高く、また政治家という職業...
収録日:2024/06/07
追加日:2024/11/24
2

“死の終りに冥し”…詩に託された『十住心論』の教えとは

“死の終りに冥し”…詩に託された『十住心論』の教えとは

空海と詩(4)詩で読む『秘蔵宝鑰』

“悠々たり悠々たり”にはじまる空海『秘蔵宝鑰』序文の詩文。まことにリズミカルな連呼で、たたみかけていく文章である。このリフレインで彼岸へ連れ去られそうな魂は、選べる道の多様さと迷える世界での認識の誤りに出会い、“死...
収録日:2024/08/26
追加日:2024/11/23
鎌田東二
京都大学名誉教授
3

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
4

日本の根源はダイナミックでエネルギッシュな縄文文化

日本の根源はダイナミックでエネルギッシュな縄文文化

日本文化を学び直す(1)忘れてはいけない縄文文化

大転換期の真っ只中にいるわれわれにとって、日本の特性を強みとして生かしていくために忘れてはいけないことが二つある。一つは日本が森林山岳海洋島国国家であるというその地理的特性。もう一つは、日本文化の根源としての縄...
収録日:2020/02/05
追加日:2020/09/16
田口佳史
東洋思想研究家
5

謎多き紫式部の半生…教養深い「女房」の役割とその実像

謎多き紫式部の半生…教養深い「女房」の役割とその実像

日本語と英語で味わう『源氏物語』(1)紫式部の人物像と女房文学

日本を代表する古典文学『源氏物語』と、その著者である紫式部は、NHKの大河ドラマ『光る君へ』の放映をきっかけに注目が集まっている。紫式部の名前は誰もが知っているが、実はその半生や人となりには謎が多い。いったいどのよ...
収録日:2024/02/18
追加日:2024/10/14