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DATE/ 2022.08.11

最近「霊柩車」を見かけなくなったわけ

 かつての霊柩車といえば、金箔を施された木造の立派な宮型霊柩車でした。現代では装飾のないシンプルな洋型(リムジン型)やバン型が主流です。大きく言えば時代の変化ですが、この変化の背景には何があるのでしょうか。詳しく見てみましょう。

宮型霊柩車は大正時代後期に登場

 歴史をたどると、宮型霊柩車が使用され始めたのは大正時代のようです。最初に宮型霊柩車が使用されたのは1922年(大正11年)、大隈重信の葬儀だったとの話もあります。その後、戦争で一時期葬儀もままならなかった時代を経たのち一般に広く普及していくようです。その後、1980年代に入ると洋型のシンプルな霊柩車の利用も少しずつ増えていくという流れがあります。

 宮型霊柩車と洋型霊柩車の比率が逆転したのは2009年とのこと。その後、2017年4月の時点では、シンプルな洋型とバン型が合わせて約5000台となり、全体の約8割を占めています。一方、宮型は約650台で全体の約1割。2000年ごろに2150台が稼働していた状況から20年弱で3分の1以下に減少しています。

高額な維持費、自治体の規制、車両に関する法改正

 1990年ごろからの不況に伴い、葬儀費用は減少します。宮型霊柩車は車両自体がおよそ1500万円から2000万円以上とかなり高価です。さらに宮大工が制作するものなので、改修でも専門の人材が必要になります。つまり製造から維持、改修まで莫大な費用がかかります。そうなるともちろんレンタル費用も高くならざるを得ません。こうして宮型霊柩車の出番が減ります。こうなると所有すること自体がリスクとなっていきました。

 さらに1990年ごろから、葬儀を連想させる派手な宮型霊柩車は、自治体によって火葬場への出入りを禁止するケースが出てきました。2016年の調査では、すでに全国150以上の火葬場で宮型霊柩車の出入りが規制されていたとのことです。また2001年6月には「道路運送車両の保安基準」が改定され、車両の突き出た部分(外形突起)が厳しく規制されるようになります。このことにより、突起の多い宮型霊柩車の製造はさらに難しくなり、製造におおきなブレーキがかかることになります。

アジアの仏教国で活躍

 さらに宗教色の薄らいでいく時代の変化の中で、宮型霊柩車の活躍の場はかなり限定されています。こうして日本ではシンプルで目立たず、かつ宗派を問わず利用できる汎用性の高い洋型霊柩車(リムジン霊柩車)が活躍の場を広げていくことになりました。一方、使われなくなった宮型霊柩車のうちいくつかは、海を越えてアジアの仏教国で活躍しています。

 たとえば千葉県八街市の葬儀会社「アラキ」は2003年(平成15年)以降、中古の宮型霊柩車3台をモンゴルの国営葬儀社に寄贈しました。モンゴルでは1990年代前半の民主化以降、チベット仏教が再興しています。この地では宮型霊柩車は「走る寺」として歓迎されているそうです。また2014年(平成26年)には、同じく仏教国のラオスにも1台を寄贈しています。さらに人口の9割が仏教徒であるミャンマーでも、日本から寄贈されたり買い入れたりした宮型霊柩車が活躍しているようです。

<参考サイト>
クラシカル霊柩車絶滅の危機…火葬場入場禁止の自治体も 「走る寺」アジア仏教国では人気│産経新聞
https://www.sankei.com/article/20170315-BAKEAHS4FZOERMWZY265QYEL2M/
宮型霊柩車が廃止の危機?令和時代の霊柩車について考える│葬儀のデスク
https://sogidesk.com/knowledge/miyagatareikyusya#i-4
霊柩車の成り立ちと種類、現在の使われ方について|Life.
https://www.lifedot.jp/hearse/
ミャンマーを走る日本製の霊柩車|産経新聞
https://www.sankei.com/article/20210407-WGKJT2NAHNN2JKIFNJTH6WJLIU/
葬儀の多様化とともに変化する霊柩車の種類とその用途|心に残る家族葬
https://www.sougiya.biz/kiji_detail.php?cid=155
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