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DATE/ 2023.06.19

金・銀じゃない!幻の「銅閣寺」は存在した!

 京都の代表的な名所といえば、金閣寺と銀閣寺ですね。金、銀……とくれば銅。ならば「銅閣寺」もあっていいのではないか、という話題がしばしば上がりますが、通史上でその名を見ることはありません。

 そのため、ただの都市伝説とも、幻の寺とも噂されていましたが、実は世間一般に名が知られていないだけで、しっかりと京都に存在しているんです。

 今回は、そんな知られざる「銅閣寺」についてご紹介します。

織田信長の菩提寺にある「祇園閣」が正式名称

「銅閣寺」があるのは、京都府東山区の祇園町。「大雲院」という名のお寺の境内にあります。

 大雲院は、もとは織田信長と嫡男・信忠が弔われた菩提寺です。かつては烏丸二条にありましたが、2度の移転を経て祇園の地におちつきました。大雲院の名は、信忠の戒名が由来です。

 その大雲院の本堂の背後に、まるで教会の尖塔をうめこんだような独特の形状の屋根を持つ、ひときわ高い建物があります。これが銅閣寺です。実は“銅閣寺”とは通称で、正式には「祇園閣」といいます。

 祇園閣の中には阿弥陀如来像など仏像が納められています。しかしもともとこのお寺のものではなく、ある人物が所有する望楼建築でした。

実業家・大倉喜八郎の別荘内に建設

 大雲院が移転する前、この地は「大倉喜八郎」という人物の別荘地でした。

 近代の歴史に詳しい方はご存じかもしれませんが、大倉喜八郎は明治~大正期に活躍した実業家で、あの渋沢栄一と並び称される大経済人です。一代で「大倉財閥」を築き、現在の大成建設やサッポロビール、帝国ホテル、日清オイリオなどといった、名だたる大企業の創設に関わったことで知られています。(ちなみにホテルオークラは、喜八郎の長男・喜七郎が創設)

 主に東京で活躍した大倉喜八郎でしたが、晩年を過ごす地として京都の祇園を選び、別荘「眞葛荘」を建設しました。そしてこの眞葛荘内に、喜八郎が90歳を迎える記念として建てられたのが祇園閣だったのです。

祇園閣は「祇園祭の山鉾」をイメージ

 大倉喜八郎は祇園閣の建設にあたり、東京帝国大学(現 東京大学)の教授・伊東忠太に設計を依頼しました。伊東忠太は明治神宮や平安神宮、築地本願寺などを設計した名建築家で、喜八郎とはかねてより親交があったのです。喜八郎は伊東に、幼い頃に見たという「雨傘が突風にあおられ、逆さまに反り返った時の形」を設計イメージとして伝えたといいます。

 反り返る雨傘……子供心によほど強烈に印象に残ったのでしょうか。伊東は喜八郎の期待にこたえようと図面を引くものの、構造上、どうしても無理が生じてしまうことが判明。かわりに「祇園祭の山鉾」の形を提案し、喜八郎はしぶしぶながらそれを了承します。

 残念ながら喜八郎は完成を見ることなく亡くなりましたが、できあがった高さ約40mの山鉾型の望楼は、祇園祭にちなみ「祇園閣」と名づけられました。

 やがて眞葛荘が使われなくなると、この地に大雲院が移転。眞葛荘は寺の書院として、祇園閣は大雲院の伽藍の一部となり、残されたのです。

なぜ「銅閣寺」と呼ばれたか

 祇園閣には銅板の屋根(銅板葺)と、青銅製の扉が使われています。また外観には貴重な石材がふんだんに使われており、その色合いは茶褐色に見えます。そのため、祇園閣はいつしか京都の金閣寺、銀閣寺にならって「銅閣寺」と呼ばれるようになったと考えられています。

「喜八郎自身が、金閣・銀閣に並ぶ“銅閣寺”をつくりたいと願った」……などという話がネットに流布していますが、喜八郎や伊東がそう発言したという記録はなく、はっきりしていません。

 内部は通常非公開ということもあり、知名度としては今ひとつの銅閣寺ですが、異彩を放つ個性的なその姿は、ほかではまず見られないものです。毎年夏ごろに特別公開されるタイミングがあるそうなので、興味のある方はぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。

<参考サイト>
・京都に金閣・銀閣、「銅閣」も? 明治の商傑が建造(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54892750X20C20A1AA1P00/
・金閣・銀閣・祇園閣 銅閣造営を目指した大倉・伊東ペアの結論 大雲院・祇園閣 (京都府)(日本金属屋根協会)
http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/number-56/index.html
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