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DATE/ 2023.09.30

「井の中の蛙大海を知らず」続きを知ってる?

若者につい言ってしまいがち?

 世間知らずな若者を見るとつい言いたくなってしまう言葉のひとつが、「井の中の蛙」ではないでしょうか。この言葉は文字通り「井戸の中にいるカエル」を意味しており、「井の中の蛙大海を知らず」という格言の一部分です。「井戸の中という狭い世界に住んでいるカエルは、大海という広い世界を知らないから、視野が狭くて思考が浅い」という意味で、まさに世間知らずの浅はかさや危なっかしさが感じられる言葉ですよね。

 井戸の底に住むカエルが、世界のすべてを知っていると思い込んで得意げな顔をしている……そんな姿が思い浮かぶ童話のような表現ですが、語源はどこからきているのでしょうか。

 これは紀元前4世紀後半ごろの中国の思想家(人間の営みや生き方などを独自の解釈で説く知識人)・荘子の著書とされる『荘子』に登場する言葉です。黄河(中国を横切る大河)が世界で一番大きいと思っていた黄河の神が、黄河よりもずっと広い北海(黄河の河口に広がる海)を初めて見て驚き、自分の無知を恥じたときに、北海の神が語ったたとえ話が「井の中の蛙」なのです。

 原文は「井蛙不可以語於海者拘於虚也」で、書き下し文にすると「井蛙(せいあ)には以て海を語るべからざるは、虚(うつろ)に拘(かかわ)ればなり。」となります。ここでの「虚」は「くぼみ」を意味しており、井戸の底のくぼんだ地形を指します。つまり、「井戸の中のカエルと海について語り合えないのは、井戸の底というくぼみにとらわれているからだ」という意味になるのです。寓話的な表現は『荘子』の特徴のひとつ。このようなたとえ話での説明があると、単に「世間知らず」と言われるよりもイメージしやすいですよね。だからこそ「井の中の蛙」は2300年以上経った現在でも、日常的に使われる格言になったのです。

「大海を知らず」の続きがある?

 このように誰もが知る言葉となった「井の中の蛙大海を知らず」ですが、続きがあるのをご存知でしょうか。それは、「されど空の深さを知る」というものです。ほかにも「青さ」や「広さ」などの表現が使われることもあります。「井の中の蛙大海を知らず」に「されど空の深さを知る」を付け足すと、「大海という広い世界を知らない井戸の底のカエルでも、空の深さは知っている」という意味になり、「世間知らずでも、ひとつのことをつきつめれば物事の真髄をつかめる」という励ましのような言葉になります。

 しかし、「されど空の深さを知る」という言葉は原典の『荘子』にはありません。実は、こちらの語源はよくわかっていないのです。有力な語源の説に、陶芸家・河井寛次郎氏と小説家・北條民雄氏の言葉が上げられるので、ご紹介しましょう。

 河井寛次郎の書「井蛙知天」:「井の中の蛙天を知る」と読む墨書。自由に陶芸をできない戦時中もアーティストとして生きた河井氏は、「井戸の中のカエルは天を知っている」と表現して、ひとつの道を極めようとする自分自身と重ね合わせたのでしょう。

 北條民雄のエッセイ「井の中の正月の感想」:北條氏は当時不治の病とされていたハンセン病を患い、療養所での隔離生活を余儀なくされていました。この療養所で3回目の正月を迎えたときのエッセイに、「井戸の中に住んでいるからこそ、深夜の星座の美しさがわかる」という内容を書き記しています。隔離生活を「井の中」と表現し、狭い世界だからこそ見えるものがあると説いているのです。

 このような言葉たちが「井の中の蛙大海を知らず」と結びついて、「されど空の深さを知る」という表現に結びついたのでしょう。世間知らずの若者を見ると心配になって「井の中の蛙大海を知らず」と制止してしまいがちですが、「されど空の深さを知る」と背中を押してあげることも大切かもしれませんね。

<参考サイト>
・マイナビ 「井の中の蛙大海を知らず」には続きが?意味や使い方、原文も紹介
https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/1604
・小学館 Domani 「井の中の蛙大海を知らず」とは?意外と知らない〝続きの言葉〟や語源、使い方をご紹介
https://domani.shogakukan.co.jp/891820
・TRANS.Biz 「井の中の蛙大海を知らず」の意味とは?続きと類義語も解説
https://biz.trans-suite.jp/20675
・NHK 100分de名著43「荘子」
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/43_soji/
・青空書院 井の中の正月の感想 ※2段落目冒頭参照
https://aozorashoin.com/title/46900
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