テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.10.02

白熱!鳥先生とゴリラ先生の『動物たちは何をしゃべっているのか?』

「本書は鳥になった研究者とゴリラになった研究者が、言語の進化と未来について語り合った記録である」――そんな不思議な書き出しで始まるのが『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極寿一・鈴木俊貴著、集英社)です。

「シジュウカラ」と「ゴリラ」の対談

 著者の1人である鈴木俊貴氏は、1983年生まれの動物言語学者で、現在は東京大学先端科学技術研究センター准教授です。主な研究対象はシジュウカラ科に属する鳥類であり、フィールドでの行動観察や実験を通じて、鳴き声の意味や文法を研究しています。また、「世界で初めて動物が言葉を使うことができると実証した」研究者としても知られています。

 その鈴木氏の対談相手が「ゴリラ先生」という異名をもつ山極寿一氏。元・京都大学総長であり、世界的なゴリラ研究の権威です。本書は2人の動物研究者が「動物たちの言葉について」というテーマを出発点にして、現代社会の問題や目指すべき未来像、果てはAIやTwitter(現X)の炎上まで語り合った、幅広い内容の対談記録になっています。

 本書は四つのパートから構成されています。Part1「おしゃべりな動物たち」では、動物たちがどのように会話するのか、シジュウカラの言葉の起源など、動物の言葉についての対談が行われます。Part2「動物たちの心」では、シジュウカラの鳴き声には実は文法があったことや、他の個体の心を推測する動物の能力などについて語られます。Part3「言葉から見える、ヒトという動物」では、「言葉」という視点から人間と動物の違いについて議論されます。Part4「暴走する言葉、置いてきぼりの身体」では、現代のSNS文化や言語と現代社会の問題まで話が及んでいます。

シジュウカラの鳴き声には意味があった!

 本書の対談内容は多岐にわたりますが、今回は鈴木氏の研究に関する内容をピックアップしてご紹介してみましょう。

 最初のパートでは、鈴木氏の研究である「シジュウカラの言語」について説明されています。鈴木氏は、長野の森の中で長期間にわたってシジュウカラを観察し、その鳴き声に意味があること、つまりシジュウカラは言語をもっていることを突き止めました。シジュウカラは全長14センチメートルほどの小さな鳥です。そのため、ヘビやタカのような天敵には十分注意しないといけません。そこで、天敵を見つけると警戒のための鳴き声を発するのですが、これが天敵ごとに異なるというのです。ヘビなら「ジャージャー」、タカなら「ヒヒヒ」というように。つまり「単に警戒の鳴き声を発しているだけじゃない」のです。

 実際に、録音した鳴き声をシジュウカラに聞かせてみると、「ジャージャー」ならヘビがいそうな地面を見回したり、茂みを確認しに行ったりするそうです。ただ、これだけでは、「ジャージャー」が「ヘビ」という意味なのか、それとも「地面に気をつけろ」という意味なのか、わかりません。

 そこで、鈴木氏は見間違えを利用した認知実験を行います。ヘビを警戒する音を聞かせながら、ヘビくらいの大きさの枝にひもを付けて木の幹沿いに引き上げてみます。すると、シジュウカラはほぼ確実にヘビと見間違えて驚くのだそうです。「ジャージャー」ではなく他の音声だった場合は特に反応しないため、このことから「ジャージャー」という音声がヘビの視覚的イメージを呼び起こしていることがわかるというのです。面白いですね。

鳥の言語には文法があった!解明の鍵は「藪からスティック」って?

 鈴木氏は、さらに研究を続けて、シジュウカラの言葉に文法があることを証明します。観察により、「ピーッピ、ヂヂヂヂ」という鳴き声が「警戒しろ!」と「集まれ!」という二つの語を組み合わせた文になっているのではないかと推測しました。もしこれが、「ヂヂヂヂ、ピーッピ」と語順を変えてみたとき、シジュウカラが反応しないのであれば、この2語の語順に意味があることに、つまり「文法」が存在することになります。日本語でも、「持って・来て」と「来て・持って」では意味が違ってしまうのと同じことだからです。

 また、録音した音声を編集して「ヂヂヂヂ、ピーッピ」という鳴き声を作り、シジュウカラに聞かせてみました。すると、正しい語順のときにはスピーカーに近寄ってきたシジュウカラが、逆の語順のときには大して警戒もせず、ほとんど近寄ってこなかったというのです。つまり、シジュウカラの言葉では語順が重要であることがわかりました。

 これだけではありません。さらに文法に関する実験を続ける鈴木氏。例えば「藪からスティック」「寝耳にウォーター」という文章の場合、英語と日本語が混在していますが、その意味は理解できるでしょう。これらはタレントのルー大柴氏の「ルー語」として知られていますが、「はじめて聞く文章でも、文法のルールを守っていれば理解できる」という文法の特徴によるもので、このことをヒントにして実験を考案しました。

 シジュウカラは別種のコガラと群れを成すことがあるそうです(「混群」といいます)。同じ群れの中にいても、種が違えば言語も違います。「集まれ」はシジュウカラ語だと「ヂヂヂヂ」でも、コガラでは「ディーディー」になるといいます。まったく違う音ですが、シジュウカラはコガラ語を理解できるのです。日本人にとっての英語みたいなものだと鈴木氏は言います。

 そこで、シジュウカラ語の「ピーッピ(警戒しろ!)」とコガラ語の「ディーディー(集まれ!)」を合わせた音声を作成しました。いわば「鳥のルー語」です。こんな鳴き声を出す鳥は実際にはいませんが、文法的には正しい文になっています。これをシジュウカラに聞かせてみると、なんと通じたのです。こうして、シジュウカラも人間と同様に、文法に基づく言葉(鳴き声)を使ってコミュニケーションを取っていることがわかりました。

“何をしゃべっているのか?”気になった方はぜひ

 ということで、大変興味深い「シジュウカラの言語」の研究について紹介してきましたが、本書の対談内容はもちろんこれだけではありません。シジュウカラがうそをつくことや、歌や音楽と言語の進化の関係、動物の研究から見えてくるヒトの本性など、どれも読み逃せない、とても興味深い内容ばかりです。

 鈴木氏と山極氏とやりとりも絶妙で、しかもとても読みやすい。どうですか、お二人が“何をしゃべっているのか?”、気になった方はぜひ手にとってみてください。

<参考文献>
『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極寿一・鈴木俊貴著、集英社)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-790115-3

<参考サイト>
鈴木俊貴氏の研究室(動物言語学分野鈴木研究室)
https://www.animallinguistics.org/
鈴木俊貴氏のweb site
https://www.toshitakasuzuki.com/top
鈴木俊貴氏のツイッター(現X)
https://twitter.com/toshitaka_szk
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ロシア資源依存からの脱却へ…ヨーロッパに課せられた難問

ロシア資源依存からの脱却へ…ヨーロッパに課せられた難問

地政学入門 ヨーロッパ編(8)未解決の紛争とロシア資源依存

ソ連が解体されるとともに起こった民族紛争の中には、いまだに解決されていないものがいくつもある。それはソ連が抑え込んできた多民族性に端を発する地域的な背景があった。資源のロシア依存というヨーロッパ諸国の課題ととも...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/06/23
小原雅博
東京大学名誉教授
2

ガザの悲劇…ハマスがいなくなることで起こる逆説

ガザの悲劇…ハマスがいなくなることで起こる逆説

トランプ2.0と中東(4)ガザの悲劇と『マカーマート』

ネタニヤフ首相による戦闘再開はイスラエル社会の分断を強化した。首相は自分の政治生命を延命するために住民たちの命を捨て駒として扱ったわけだが、ガザ住民は同様の仕打ちをハマスからも受けている。親子が生死を分けるさま...
収録日:2025/04/10
追加日:2025/06/22
山内昌之
東京大学名誉教授
3

「言論の自由の侵害」と「移民排斥」はあまりに不合理

「言論の自由の侵害」と「移民排斥」はあまりに不合理

第2次トランプ政権の危険性と本質(7)言論の自由の侵害と移民排斥

多様性を尊重するリベラリズムとは逆行するトランプ大統領の動きは、人々の自由や司法の独立性を脅かすような横暴に向かっている。そのトランプが強く押し出す移民排斥の指針にも問題点が多い。経済、治安の観点から移民に関す...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/06/21
柿埜真吾
経済学者
4

なぜ「やる気のある社員」が日本では6%しかいないのか?

なぜ「やる気のある社員」が日本では6%しかいないのか?

営業の勝敗、キリンの教訓(1)やる気のない社員になる理由

ベストセラー『キリンビール高知支店の奇跡』の著者で元キリンビール副社長であった田村潤氏に、キリンでの経験と営業の勝敗を分けるポイントを聞く。田村氏がかつて高知支店に配属された1995年は、キリンビールがまさに窮地に...
収録日:2020/09/25
追加日:2021/01/25
田村潤
元キリンビール株式会社代表取締役副社長
5

世界の宗教は死をどう考えるか…科学では死はわからない

世界の宗教は死をどう考えるか…科学では死はわからない

死と宗教~教養としての「死の講義」(1)「自分が死ぬ」ということ

生き物はみな死ぬが、死ぬそのときまで、死ぬと思っていない。人間は死ぬとわかっているが、死は体験できない。科学でも歯が立たない。では、どうすれば死に向き合えるのだろうか。有史以来、営々と重ねられてきた「死」の思索...
収録日:2022/03/03
追加日:2022/04/11
橋爪大三郎
社会学者