テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.11.20

『自転車に乗る前に読む本』で始める健康的な自転車ライフ

「最近、運動不足だな」と感じていませんか。スポーツ庁の調査によれば、運動不足を自覚している人は全体の約79.6%にも上るそうです。特に中高年層では、メタボリック・シンドロームなどの健康問題が気になるところでしょう。しかし、ジムに通うには費用も時間もかかりますし、ジョギングを始めてもなかなか続かないもの。

 それでは、疲れず、気軽に、運動を始めるにはどうすればいいのでしょうか。そこで今回おすすめしたいのが、自転車です。『自転車に乗る前に読む本 生理学データで読み解く「身体と自転車の科学」』(髙石鉄雄著、ブルーバックス)は、そんな運動不足を解消したい方にぴったりの一冊です。

自転車博士が教える「疲れない」のに効果的な自転車運動

 サイクリングはけがのリスクが低く、楽しみながら続けやすい運動です。忙しい日々の中で運動のための時間を確保するのは難しいかもしれませんが、たとえば週に2~3日、自転車通勤を取り入れるだけで大きな違いを感じることができます。本書が自転車との付き合い方を考える上で重視するのが「疲れない」ということ。「疲れない」からこそ続けられますし、実は「疲れない」乗り方のほうがより効果的な運動になるのです。

 では、どのように自転車に乗れば、つらくならずに運動の効果を得られるのでしょうか。本書は運動生理学の専門知識と実際の生理学データにもとづいたアドバイスを提供してくれます。

 第1章では、自転車の選び方や、健康づくりに役立つ効果的な乗り方について具体的な実験データを交えて紹介し、第2章ではそれを応用生理学の観点からさらに詳しく掘り下げていきます。第3章では、著者の講義をもとに、運動と身体の関係、特に中年期のメタボリック・シンドロームのメカニズムや、それによって引き起こされる病気について説明しています。巻末の第4章では、自転車を楽しむためのQ&Aや、自転車が守るべき「自転車安全利用五則」など、読者が安全かつ効果的に自転車を利用するための実践的なアドバイスが提供されます。

 著者の髙石鉄雄氏は、名古屋市立大学の副学長兼高等教育院長、そして同大学院理学研究科の教授です。専門は応用生理学、バイオメカニクス、健康科学で、博士論文のタイトルは「自転車運動に対する身体適応および日常的自転車使用による健康づくりの可能性」という、まさに自転車と運動の専門家です。他の著書に『髙石式 アクティブサイクリング 自転車に乗ろう!』(つちや書店)、『自転車で健康になる』(日本経済新聞出版、共著)などがあります。

なぜ自転車なのか?実験で明らかになる自転車の可能性

 健康のための運動は他にもいろいろありますが、その中でもなぜ自転車なのでしょうか。それは、他の運動に比べて、自転車が無理なく高い運動強度を実現しやすいからです。

 たとえば、歩きと自転車のエネルギー消費量を比較してみると、歩きと自転車のエネルギー消費量を比較してみると、自転車でゆっくり走った場合、歩くよりも運動量が少ないことがわかります。これは、自転車が楽に移動できる、とても運動効率のよい乗り物であることを意味しています。

 ところが、自転車は速度を上げていけばトレーニングに使える乗り物にもなります。時速15キロメートルで早歩きよりもエネルギー消費量が高くなり、時速18キロメートルでは歩行を大きく上回ります。健康づくりのためにどれくらい運動したらよいのかの目安として、米国スポーツ医学会は「50%程度の運動強度で、1日に30分間、週に5回」という基準を示しています。自転車でこの基準を上回る運動をするにはどうすればいいのでしょうか。データで確認してみましょう。

 本書では、標準的な体力を持つ40代の女性がアップダウンのある約3.8キロメートルの道のりを、とくに急ぐことなく歩いた場合と自転車で走った場合の心拍数の変化を比較しています。このデータでは、歩行時の運動強度は50%以下にとどまることが多いのに対し、自転車では基本的に運動強度が60%以上で推移しています。つまり、自転車に乗れば推奨される強度の運動を無理なく行うことができるのです。

 この差は、日本の道路事情に関係しています。日本の街中では信号が多く、交差点では頻繁に停止することがあります。その結果、自転車での移動は自然と効果的なインターバル・トレーニングになっているのです。また、交差点の中央部は水がたまらないようにやや高くなっているため、停止と発進がゆるい登り坂での運動となり、それに伴い筋力を大きく使うことになります。この大きな力を要する筋力トレーニングの要素が心拍数の上昇を促すのです。

 さらに、屋外でのサイクリングは疲れを感じにくいことが調査から明らかになっています。日常的に自転車を利用する人々を対象に行われたアンケート調査では、多くの参加者が「爽快」「楽しい」という肯定的な感想を述べています。一方で、フィットネスバイクのような屋内での運動の場合、同程度の運動量でも「つらい」「疲れた」といった否定的な感想が多くなる傾向にあります。この違いは、屋外のサイクリングでは変化する自然の風景や風を切るスピード感にあるのだろうと髙石氏は推測しています。

疲れずに自転車に乗りたければサドルを高くしよう!

 疲れずに自転車に乗る上で、サドルの高さも重要な要素です。サドルを高く設定することで、疲労度が著しく低減することが研究によってわかっています。この研究では、さまざまな高さのサドルで自転車運動を行い、運動強度の異なる条件下で疲労度を測定しています。その結果、すべての運動強度において、サドルを高くしたほうが運動時の疲労感が低いことが判明しました。

 これは生理学的な指標からも明らかです。血液中の乳酸値は筋肉の疲労度を示す重要な指標です。サドルを高くした場合、この乳酸値が低くなることが観察されました。これは、高いサドルによって自然とひざが伸びた状態でペダルをこぐことになり、血管を圧迫せず、乳酸がたまりにくくなるからです。さらに、心拍数についても、サドルを高くしたほうが低くなり、体への負担が少ないこともわかっています。疲れないようにする一工夫が、結果として高い運動効果をもたらすのです。

 このように、自転車は他の選択肢に比べて、無理なく高い強度の運動を実現しやすいのです。ジムへの入会をためらっている人、定期的なジョギングを続けられなかった人、健康が気になり始めた中高年の人、そして何より自転車に乗るすべての人にとって、本書はおすすめできます。ぜひ書店で手にとってみてください。

<参考文献>
『自転車に乗る前に読む本 生理学データで読み解く「身体と自転車の科学」』(髙石鉄雄著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000382703

<参考サイト>
名古屋市立大学 総合生命理学部・システム自然科学研究科 応用生理学 髙石研究室
https://www.nsc.nagoya-cu.ac.jp/~takaishi/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

なぜ“Open”なのか?非営利団体「OpenAI」設立の真相

なぜ“Open”なのか?非営利団体「OpenAI」設立の真相

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(7)OpenAI設立の経緯

ChatGPTの開発、普及によって、AI産業を牽引する企業となった「OpenAI」。その設立には、イーロン・マスク、ピーター・ティール、リード・ホフマンといった「ペイパルマフィア」と呼ばれる人たちが関わっていた。しかし、その後...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/05/31
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
2

熱しやすく冷めやすい日本の国民性、一番の元凶はメディア

熱しやすく冷めやすい日本の国民性、一番の元凶はメディア

ポスト冷戦の終焉と日本政治(7)日本の政治制度、今こそ改革すべし

日本の政治は改革する余地がたくさんあるのに、どんな小さな改革も諦めてしまう。日本の国民性とも関係があるが、そこは政策の議論よりも政局をより多く報じてきたメディアの責任が大きいと中西氏は言う。激変する世界に対応す...
収録日:2023/05/24
追加日:2023/08/08
中西輝政
京都大学名誉教授
3

日本経済の行き詰まりをもたらした2つの大きな理由とは

日本経済の行き詰まりをもたらした2つの大きな理由とは

日本企業の弱点と人材不足の克服へ(1)膠着する日本経済の深層

日本経済はこの20~30年行き詰まりの状態にある。理由としては、会社の多角化によって生まれた各事業部の規模が小さすぎることが挙げられる。また、「技術があればいい」というマーケット軽視の姿勢も理由の一つだ。日本と業態...
収録日:2020/10/28
追加日:2020/12/27
西山圭太
東京大学未来ビジョン研究センター客員教授
4

「世界最大のモテ男にして勇気のある人間」の成功の秘訣

「世界最大のモテ男にして勇気のある人間」の成功の秘訣

運と歴史~人は運で決まるか(7)西洋史で最も運を引き寄せた男

西洋史で最も運を引き寄せた男について紹介する今回。その人物は勇気も知性も兼ね備え、女性にも人気があり、世界有数の帝国をつくりあげた。しかし彼は、本当に「運」のみでそれらを成し遂げたのか。その内実に迫る。(2024年3...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/05/30
山内昌之
東京大学名誉教授
5

防衛費を拡大した日本だが…自力安保への課題と厳しい現実

防衛費を拡大した日本だが…自力安保への課題と厳しい現実

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(9)日本の防衛力と自力安保への転換

世界が多様化と多極化で混沌とする中、日本の安全保障政策はより高度に強力なものにする必要があり、自力で安全保障をするという「自力安保」への転換が求められている。しかし、それを実現するにはさまざまなハードとソフトの...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/05/29
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授