テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.02.22

元ゴキブリ嫌いの研究者による『愛しのゴキブリ探訪記』

「ゴキブリ」と聞いて、第一印象で「なんだか面白そう」「ワクワクする」と思う方、どれくらいいるでしょうか。むしろ「ゴキブリ」というだけで苦手だなと感じる方のほうが多いのではないでしょうか。でも、ゴキブリを昆虫の一種として捉えたら、そうした印象も変わるかもしれません。ゴキブリの種類はかなりさまざまで、例えばダンゴムシのように丸くなるものもいれば、繊細なガラス細工のように美しいものもいます。

『愛しのゴキブリ探訪記』(柳澤静磨著、ベレ出版)では、ゴキブリに魅せられた著者が高尾山や日本の離島、海外はシンガポール、マレーシア、オーストラリアなどでゴキブリを探す様子が事細かに記されています。

 著者の柳澤静磨(やなぎさわしずま)さんは、1995年生まれで東京都八王子市出身、現在は静岡県にある昆虫館・磐田市竜洋昆虫自然観察公園の職員です。同園で「ゴキブリ展」を企画・運営したりする傍ら、自身でも100種以上のゴキブリを飼育しているそうです。また2020年には、実に35年ぶりとなる日本のゴキブリ新種を発見しています。その後も新種の発見にとどまらず、さまざまな企画を行う他に、講演会や執筆活動、テレビ出演などさまざまな方面でゴキブリに関する普及啓発・研究活動をしています。

ハブに噛まれてもお釣りがくる!という心意気

 本書に出てくる沖縄の西表島での採集は、許可証をもとにゴキブリが活動しやすい洞窟の周辺を昼間から這うように探し回ります。また、夜に木を一本一本照らしながら探していた時、道沿いの木にいた全長5センチほどの大きなゴキブリを捕獲。これまで生息が知られていたウルシゴキブリとは異なることに大興奮します。この時の心情は「こんなゴキブリに出会えるなんて、ハブに噛まれてもお釣りがくる!」とのこと。まさに命知らずなゴキブリハンターぶりですが、このゴキブリは新種で「アカズミゴキブリperiplaneta kijimuna」と名付けられ、2021年12月に発表されます。

 ただし今回発見したゴキブリは黒くて大きく、見た目はいわゆる私たちが見かける「ゴキブリ」に近いことから、この発見に関しては取材が少なかったとか。来てくれた記者さんに聞いてみたところ「写真掲載とか上からストップされそうなので、取材も少ないのだと思います」と言われてしまいます。柳澤さんは「とてもカッコいい種だと思うのですが」と言いますが、記者さんにはあまり理解されなかったようです。

命の前借りをしてでも、生き物探しをしていたい

 こうして国内で見つかっている64種中54種を実際に見つけ、さらに新種を合計5種類発表してきたことで、柳澤さんの目は海外に向かいます。知人とともにマレーシアでのゴキブリ探訪に出発。現地では、夜中にライトをつけると襲ってくるとても危険な「ヤミススメバチ」の襲撃をかわしながらゴキブリを探します。それでも、途中さまざまな昆虫と遭遇して「子どものころに図鑑で見た虫が、実際に目の前にいる」と大興奮する無邪気さです。

 また雨の中、仲間は次々とゴキブリを見つけるのに自分だけ見つけられないことに焦りながらも、ついに大きなマレーゴキブリを発見します。刺激すると、「ギィギィギィ」という音とともに、匂いのする液体を手に吹きかけられます。この液体は「まろやかさのある強いメンマのようなにおい」とのこと。

 この旅のあとになりますが、別の機会にオーストラリアでゴキブリ探訪をした柳澤さん。「睡眠時間を削って命の前借りをしてでも、生き物探しをしていたい」といいます。疲れなどどこ吹く風といった感じで昼夜を問わずゴキブリを探し、発見して素直に大喜びする柳澤さんの姿は、まるで虫好きの少年そのものという印象です。

ゴキブリと関係すると見えてくる世界

 もちろん、ただ好奇心旺盛な虫好きというだけではありません。柳澤さんは「飼育していて『こうなのではないか?』と思うことを生息地で確かめ、野外で『こうではないか?』と思うことを飼育で確かめる。そうすることで、生き物をより理解できる気がしている」と述べています。柳澤さんを動かしているのは「理解したい」という気持ちです。しかし「生き物を理解する」というのは、決して簡単なことではないでしょう。

 昆虫たちは人間と違い言葉を話さず、また犬や猫のような明確な反応もありません。いわば全く異なる世界を生きています。さらにゴキブリの場合、向こうから私たちの生活に侵入してくることがあります。だからこそ、私たちはゴキブリに恐怖を覚えるのではないでしょうか。

 実は柳澤さんも、はじめは見るだけで背中に汗をかくほどゴキブリが嫌いだったそうです。しかし昆虫採集の出張で西表島に行った時、危険を感じるとダンゴムシのように丸くなる「ヒメマルゴキブリ」との出会いで変化が起きます。下調べで知ってはいたものの、実際に手のひらでコロンと丸くなった姿を見て初めて「具現化した感覚を得た」といいます。知識の一部だったものが自分の現実とつながった、自分と関係する存在になった体験といえそうです。

 ゴキブリを知るにはゴキブリの世界に入っていくしかありません。だから柳澤さんはゴキブリが住む洞窟を探しまわり、暗くて狭いところが苦手であるにもかかわらず、中に入ってそこの温度や湿度、地面の感触などを感じます。人間の世界とゴキブリの世界、この二つの世界を躊躇なく往復する姿が柳澤さんのすごさです。

 ゴキブリと聞いてどうしても苦手な人は、無理する必要はありません。少しでも興味が湧いたら、本書を手に取ってゆっくりと読んでみてください。そこには私たちの世界とは全く違う、奥深い世界が広がっています。

<参考文献>
『愛しのゴキブリ探訪記 ゴキブリ求めて10万キロ』(柳澤静磨著、ベレ出版)
https://beret.official.ec/items/79256234

<参考サイト>
柳澤静磨さんのTwitter(現X)
https://twitter.com/UABIrurigoki

柳澤静磨さんのオフィシャルサイト
https://gokiburiyashiki.website/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

次の時代は絶対にアメリカだ…私費で渡米した原敬の真骨頂

次の時代は絶対にアメリカだ…私費で渡米した原敬の真骨頂

今求められるリーダー像とは(3)原敬と松下幸之助…成功の要点

猛獣型リーダーの典型として、ジェネラリスト原敬を忘れてはならない。ジャーナリスト、官僚、実業家、政治家として、いずれも目覚ましい実績を上げた彼の人生は「賊軍」出身というレッテルから始まった。世界を見る目を養い、...
収録日:2024/09/26
追加日:2024/11/20
神藏孝之
公益財団法人松下幸之助記念志財団 理事
2

国の借金は誰が払う?人口減少による社会保障負担増の問題

国の借金は誰が払う?人口減少による社会保障負担増の問題

教養としての「人口減少問題と社会保障」(4)増え続ける社会保障負担

人口減少が社会にどのような影響を与えるのか。それは政府支出、特に社会保障給付費の増加という形で現れる。ではどれくらい増えているのか。日本の一般会計の収支の推移、社会保障費の推移、一生のうちに人間一人がどれほど行...
収録日:2024/07/13
追加日:2024/11/19
森田朗
一般社団法人 次世代基盤政策研究所(NFI)所長・代表理事
3

だべったら生存期間が倍に…ストレスマネジメントの重要性

だべったら生存期間が倍に…ストレスマネジメントの重要性

新しいアンチエイジングへの挑戦(1)患者と伴走する医者の存在

「百年健康」を旗印に健康寿命の延伸とアンチエイジングのための研究が進む医療業界。そうした状況の中、本職である泌尿器科の診療とともにデジタルセラピューティックス、さらに遺伝子を用いて生物としての年齢を測る研究など...
収録日:2024/06/26
追加日:2024/10/10
堀江重郎
順天堂大学医学部・大学院医学研究科 教授
4

石破新総裁誕生から考える政治家の運と『マカーマート』

石破新総裁誕生から考える政治家の運と『マカーマート』

『マカーマート』から読む政治家の運(1)中世アラブの知恵と現代の日本政治

人間とりわけ政治家にとって運がいいとはどういうことか。それを考える上で読むべき古典がある。それが中世アラブ文学の古典で教養人必読の書ともいえる、アル・ハリーリー作の『マカーマート』である。巧みなウィットと弁舌が...
収録日:2024/10/02
追加日:2024/10/19
山内昌之
東京大学名誉教授
5

遊女の実像…「苦界と公界」江戸時代の吉原遊郭の二面性

遊女の実像…「苦界と公界」江戸時代の吉原遊郭の二面性

『江戸名所図会』で歩く東京~吉原(1)「苦界」とは異なる江戸時代の吉原

『江戸名所図会』を手がかりに江戸時代の人々の暮らしぶりをひもとく本シリーズ。今回は、遊郭として名高い吉原を取り上げる。遊女の過酷さがクローズアップされがちな吉原だが、江戸時代の吉原には違う一面もあったようだ。政...
収録日:2024/06/05
追加日:2024/11/18
堀口茉純
歴史作家