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DATE/ 2015.10.29

世界の外国為替市場に影響を与えるFX投資家「ミセス・ワタナベ」の正体とは?

 1ドル120円を超えていた円安傾向だが、最近徐々に円高傾向にふれてきている。貿易赤字も続いているので、ある程度なら円高になることは望ましいのだが、急激な上昇ということになると、それはそれで困る。輸出不振を招き、最近好調な外国からの観光需要も台無しにしてしまうためだ。

 円の価格が上がるにしろ、下がるにしろ、その変化は緩やかであってくれた方がやはり望ましい。企業としても、消費者としても、余裕をもって対応できるから利益の確保と、損失回避をしやすいからだ。

 しかし、米国の金融緩和の年内終了が難しいという見通しが出たこと、EUに難民問題やフォルクスワーゲンの不正問題が降りかかるなど、短期間で立て続けにドルやユーロの価値を大幅に下げるようなことが起こった。

 結局、1ドル120円前後で上下していた円は、10月中旬には118円台まで一気に上がってくるという事態になってしまった。プロの投資家たちは、今こそドルを売って円を買う時だと判断したのだ。

 しかし、ここで思わぬ動きを見せる投資家がいた。「ミセス・ワタナベ」だ。彼女は、多くの投資家が円買い・ドル売りに走る中、その逆張りで巨額の円売り・ドル買いを浴びせかけたのだ。

 そのおかげで急激な円高はいったん食い止められることになった。さて、ミセス・ワタナベとは一体誰なのだろう?名前の響きからしてどうやら日本人らしいが、円の価値を安定させ、日本経済を守ってくれる愛国的なお金持ちなのだろうか?

 残念ながら、我々を守ってくれようとする、そんな奇特なお金持ちではない。もっと言えば、そもそも、ミセス・ワタナベという人物は存在すらしない。

 実はミセス・ワタナベとは、日本人の小口外国為替証拠金取引を行う人々のこと。要するに個人でFXをやっている日本人のことなのだ。彼らはみな非常に似た動きをする。例えば、円が売られて安くなっていると買い、買われて高くなっていると売るという逆張り戦略。他には、昼休み時などに一気に注文をすること。ミセス・ワタナベを構成するひとりひとりのほとんどは、投資は飽くまで副業で、主婦やサラリーマンなどの本業を持っているからだ。

 彼らひとりひとりの動かす金額は少ないが、同じような動きをするため、あたかも、金融のプロたちの判断(つまり為替相場の流れを作るもの)とは違う動きをする、ひとりの巨大投資家がいるように見えるわけだ。

 FXがブームになった2000年代半ばから、為替相場に影響を与えるその存在は知られるようになった。FXをやっている層にビジネスの世界からはほど遠い、まして金融の専門知識を備えているとは考えにくい主婦層までいたことに驚いた欧米のメディアが、この現象をミセス・ワタナベと言い始めた。

 現在では、ミセス・ワタナベは非常に大きな影響力を為替市場に持つようになった。その動きを読んで、カモにしてやろうというミセス・ワタナベ狩りという動きをするプロの投機筋すら存在する。

 ミセス・ワタナベが生まれるのは、個人投資家たちが、プロと比べ、乏しい情報と限られた時間の中で取引を行うからだ。日銀やFRBの発表などに気を配るよりも、実際の値動きの中である程度大きなものがあったら動く。つまり、数円単位(これは為替相場では十分大きい)で上がったら売る、下がったら買うということばかりをやるわけだから、同じような動きが大量に発生するわけだ。

 その結果、ミセス・ワタナベはたびたび狩りの対象になりながらも、日本円の安定に一定の貢献を果たしてきた。誰もそんなことは意識せずに。これからも逆張り戦略で、急激な円価格の乱高下をおさえる役割を果たしてくれるだろう。

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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授