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DATE/ 2025.01.31

『中華満腹大航海』で堪能する中華料理の歴史と文化の旅

 中華料理と一口にいっても、実際の中国は果てしなく広大です。本場で中華料理についていえば、東西南北、気候や風土によっても全く違った多彩な食文化があります。そういった中華料理について、30年近く中国各地を食べ歩いてきた著者が熱を込めて詳細に解説、紹介する本が『中華満腹大航海』(酒徒著、KADOKAWA)です。

 著者の酒徒氏は中華料理愛好家です。初めて中国を訪れた際に本場の中華料理に魅入られ、そこから四半世紀の間、中国各地を食べ歩きます。2006年に始めたブログ「吃尽天下(チージンティエンシア=天下を食べ尽くす)で発信を始め、特に北京・広州・上海には合わせて10年間駐在したそうです。2019年に帰国してからは、本場で知った本格中華レシピをnote「おうちで中華」で公開しています。その後2023年に刊行したレシピ本『あたらしい家中華』は現在までに13刷となり、2024年の料理レシピ本大賞にて「プロの選んだレシピ賞」と「料理部門 入賞」をダブルで受賞しています。

 本書では都市別に名物料理を3つ選び出して紹介します。この時の選考基準は次の3つ。一つ目は「その料理のことを思い出すだけでニヤけてしまうもの」、二つ目は「その土地にもう一度行くとしたら必ず食べたいもの」、三つ目は「自分でも作って食べるようになったもの」です。この基準をもとに、本書はさまざまな都市の多彩な料理が写真や街の情景とともに300ページ超にわたって紹介されます。

上海、重油菜飯(ジョンヨウツァイファン)

 トップバッターを飾る都市は人口2500万人を誇る中国最大にして世界最大級の国際都市「上海」です。酒徒氏はここで5年間を過ごしています。はじめに紹介されるのは「菜飯ツァイファン=上海式炊き込みご飯」です。下町を歩くと専門店があちこちにあり、調理場では巨大な鉄の平鍋をつかって数十人分の菜飯を一気に炊き上げるそうです。一方で家庭の炊飯器でも作られるなど、いわば上海人のソウルフード。

 最も原始的なものとして「重油菜飯(ジョンヨウツァイファン)」が挙げられています。重油とはラードのことで、具は「上海青(シャンハイチン)=チンゲン菜」のみです。作り方としては、細かく刻んだ上海青を油で炒め、米と水を加えて炊き上げます。はじめからラードで炒める派と炊き上がったあとに少量のラードを混ぜ込む派がいるそうです。現代ではどの店も刻んだ「塩漬け干し肉(シエンロウ)」もしくは「広東風ソーセージ」を一緒に炊き込みます。

 地味な見た目ですが、ラードの輝きとコクのあるご飯を頬張ると、上海青のシャキシャキ感と肉類の旨みが広がります。これには「黄豆骨頭湯(ホァンドウグートウタン)=大豆と豚骨のスープ」が添えられるそうです。豚骨の旨みが塩で膨らみますがこれに途中で「辣椒油(ラージャオヨウ)=ラー油」を垂らすことで、二つの味が楽しめるとのこと。

 他にも、トッピングとして先にあげた「塩漬け干し肉(シエンロウ)」や「蹄膀(ティーバン)=豚足の醤油煮込み」、「爆魚(バオユィ)=川魚の揚げ物」、「素鶏(スージー)=大豆由来のベジミート」なども充実しています。これらは主食が進む濃い目の味付けが特徴、麺のトッピングや食堂のつまみとしても登場するそうです。

 本書には蹄膀(ティーバン)の写真がありますが、ぷりぷりしたお肉がお皿にドンっと盛られており、なかなかの迫力です。基本的に上海では「ハイカロリー・ボリュームたっぷり・濃い味付け」の「小吃(シャオチー)=軽食・おやつ」が多いようです。19世紀以降、多くの肉体労働者がこの街に流入したことから、安価でジャンキー、エネルギッシュな料理が好まれ、これが現代上海の豊かな食文化を作っています。

青島ビールと「辣炒蛤蜊(ラーチャオガーリー)」

 本書中盤では山東省の青島(チンダオ)市が取り上げられています。言わずもがな青島ビールといえば、日本でも多くの人が知るところです。青島市は現代でも有数の港湾都市ですが、その昔はドイツの租借地でした。ドイツ由来のビール文化が花開いた青島市では素朴な山東料理をベースとしつつ、多種多様な海鮮が食文化を彩ります。たとえば、青島人は「青島に来たら、まずは「蛤蜊(ガーリー)」を食べないと!」と言うそうです。

「蛤蜊(ガーリー)」とはアサリのこと。日本人も馴染み深いアサリですが、青島人のアサリへの思い入れの深さは想像をはるかに超えているそうです。誰に聞いても真っ先に上がる料理は「辣炒蛤蜊(ラーチャオガーリー)=アサリの辛味炒め」です。鍋に油を熱し、干し唐辛子と葱・生姜・大蒜などの薬味をいれて香りを出し、アサリを投じて炒め合わせ、殻が開くまで加熱するもの。単純な料理ですが、量が圧倒的。あるとき数えると150個以上のアサリが入っていたそうですが、このくらいが基本とのこと。

 ぷっくりと太ったアサリたちが、殻の中で汁気と油の混じり合ったタレをまとっています。じゅるりと啜り、口の中のアサリが増えていくにつれてムッチとした身の感触と薬味の香りが刺激し合います。このとき、アサリは完璧に砂抜きされているとのこと。やがて干し唐辛子の辛味がじんわりと広がり、食欲をさらに刺激してくると、青島ビールの出番です。

「辣炒蛤蜊」は本書ではレシピとしても掲載されていますが、とても簡単です。ポイントは「味付けをせず、水気も足さない。これぞ『原汁原味(素材そのものの味)の真骨頂』」とのこと。アドバイスとしては「砂抜きだけでなく、塩抜きをしっかりする」、「干し唐辛子・大蒜・生姜・白葱はたっぷり入れる」の2点です。

「昔ながらの現地味」が「自分が美味しいと感じる味」へ

 このほかにも、本書では15都市にわたってさまざまな料理が紹介されています。基本的にはシンプルな料理が多いのですが、その場所で食べられてきた歴史や地理的条件などとともに紹介されることで、その味わいの意味がより深く理解できます。また、酒徒氏は名前の通りお酒が大好きで、お酒とともにどのように味わうかという点やお酒そのものの情報も充実しています。

 もちろんお酒なしに味わうにしても美味しいことは間違いないでしょう。ほかにも、本書では興味深いコラムが随所にあり、読み応え十分です。たとえば「Column4、『美味しさ』の見つけ方」では「美味しさの基準をどこに置くか」ということについて考えます。酒徒氏が旅先の料理に求めるものは「その土地の味、特に昔ながらの味」です。この基準で食べていると、急にその良さがわかることがあるそうです。その地の歴史と風土が生んだ味を取り込んだ、と思える瞬間が至上のものだと酒徒氏は言います。

 このためには地道な事前調査が必要です。この点において本書は重要な役割を果たします。酒徒氏は、その味に対する嫌悪感は多くの場合「知らない」ことから生まれるといいます。料理の背景に潜む歴史や文化をあらかじめ知っていれば、受け止めやすくなります。こうして、中国各地の「昔ながらの現地味」が「自分が美味しいと感じる味」へと組み込まれ、「美味しさの基準」の厚みが増していきます。

 そして、このことが次の旅での新たな幸せな出会いにつながります。つまり「美味しい」ということの背景には、その土地の文化や歴史への「知」が重要な役割を担っています。その意味で、本書は中華料理を知るための重要な一冊です。紹介されているレシピを作ってみることから始めてみるのはどうでしょうか。もし本物を食べてみたいと思ったら、すでに世界の入り口は開いているはずです。

<参考文献>
『中華満腹大航海』(酒徒著、KADOKAWA)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322404001458/

<参考サイト>
酒徒氏のX(旧Twitter)
https://x.com/shutozennin

おうちで中華(note)
https://note.com/chijintianxia/n/n682b65f3c912

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