社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2025.05.09

『科学的思考入門』で学ぶ情報過剰社会を生きるための方法

情報の海でおぼれかけているわたしたち

 現代を生きるわたしたちは、かつてないほどの情報であふれた社会のなかで生きています。誰もが文字を使い、誰もがインターネットを通し発言することができる。それはとても幸福なことである一方、指先一つでスマートフォンを開けば、SNSや動画サイトなどから絶え間ない情報が流れ込んで来ます。こうした情報過多な社会は過去に類がなく、さながらわたしたちは、情報という海に飲み込まれ、つま先立ちでなんとか顔を出しているような状態といえるのかもしれません。

 こうしたあふれかえる情報のなかには、不確実なもの、間違い、有害な情報も混ざり込んでいます。もしかすると、あっぷあっぷと情報の水に飲まれるなかで、意図せずあなた自身がこうした不確実な情報を拡散してしまうこともあるでしょう。

 こんな情報社会を生きるわたしたちにとって必要なのが「科学的思考」だというのが、東京大学大学院情報学環・学際情報学府准教授である植原亮氏です。今回は、植原氏の著書『科学的思考入門』(講談社)を通し、情報過多社会での科学的思考の重要性に触れてみましょう。

有害な情報から身を守るための科学的思考

 植原氏は、これまでにも『思考力改善ドリル』(勁草書房)、『遅考術』(ダイヤモンド社)といった“思考”に関する書著を書かれています。本書の冒頭に登場する一言は、「ああ……それにしても科学的に考える力が欲しいっ……!!」。これはどういうことでしょうか。これが、「有害な情報から自分の身を守りやすくなり、自分から情報を発信するときにも、その情報の〈品質保証〉ができるようになる」方法が “科学的に考える力”だとすれば、どうでしょうか。

 ウソかマコトかわからない情報に左右され、「何をどう見て、どう考えたらいいのかわからない!」。本書はまさに、情報にあふれた社会でおぼれてしまい、海の底で貝になりかけている人や、不安を紛らわすように海上で必死に真偽のわからないことを叫んでしまう人のための書籍ということです。

科学的思考の地道なプロセス

 では、そもそも科学とは何でしょうか。科学はこの世界で生じる出来事をひも解き、なぜそうなるのかを誰もが理解できるように説明する試みです。科学の恩恵をわたしたちは数多く受けていますが、それは決してどこかでパッとできた魔法のようなものではなく、地道な積み重ねの成果にほかなりません。この科学という試みが、ひとっ飛びに結論にたどり着けるものではないということは、本書の目次ですでに感じられることです。

 では、科学的思考とはどんなものでしょうか。また、それはどういったプロセスを踏むのでしょうか。ある意味で、そのルートマップが目次には現れています。全7章で構成された本書では、それぞれの章で科学的思考とは何か、そしてその具体的な方法が紹介されていきます。「科学の定義」「理論の構築」「実験の基本」「仮説の設定」「他者の目と確認」──こうした内容が、具体例とともに紹介されていきます。

 具体的に実践できない部分があったとしても、例えば認知バイアス──いわゆる思い込みが科学的思考を阻害することを意識し、因果関係を正しく理解するための方法を頭に入れておくことで、日々の生活のなかでも科学的思考が大いに役立つでしょう。

集団で思考することが科学の強み

 本書では科学的思考の一端を垣間見ることができるわけですが、どこか「難しい」「自分にもできるだろうか」と考える人もいるかもしれません。もちろん、本書を通して“科学的思考”を身につけていくことが最良ではありますが、物事というのは決して簡単に見通せるものではなく、多くの情報や立ち止まって考える時間、多角的な視点など、たくさんの方法・思考が必要だということを、まずは理解するというのが重要なのです。

 本書のなかで植原氏は、「〈集団・制度で思考する〉のが科学の強みなのだ」と語っています。「社会」で考え、みんなで科学的に思考することが、有害な情報に対する集団免疫になり得るとも考えているといいます。わからないながらに、科学的な考えを真似てみる。それだけでも、あなたの思考には余裕が生まれ、少し浅瀬に向かい、これまで見えなかった美しい水平線が見えてくるのかもしれません。

 感染症や社会情勢の不安定化など、さまざまな出来事が重なる現代。複雑な世界で頭と心を落ち着けたい人、また、「科学的な思考」「科学とはどう考えるものか」という好奇心がくすぐられた人は、ぜひ一度本書をお読みください。

<参考文献>
『科学的思考入門』(植原亮著、講談社現代新書)
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000409249

<参考サイト>
植原亮氏のX(旧Twitter)
https://x.com/ryoueharaS2
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造

宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
岡朋治
慶應義塾大学理工学部物理学科教授
2

なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ

なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ

編集部ラジオ2025(27)なぜ何回説明しても伝わらない?

「何回説明しても伝わらない」「こちらの意図とまったく違うように理解されてしまった」……。そんなことは、日常茶飯事です。しかしだからといって、相手を責めるのは大間違いでは? いやむしろ、わが身を振り返って考えないと...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/11/13
3

日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは

日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは

歴史の探り方、活かし方(1)歴史小説と史料探索の基本

「歴史を探索していく」とは、どういうことなのだろうか。また、「歴史を活かしていく」とはどういうことなのだろうか。歴史作家の中村彰彦氏に、歴史を探り、活かしていく方法論を、具体的に教えてもらう本講義。第一話は、歴...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/14
4

デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム

デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム

デカルトの感情論に学ぶ(1)愛に現れる身体のメカニズム

初めて会った人なのになぜか好意を抱いてしまうことがある。だが、なぜそうした衝動が生じるのかは疑問である。デカルトが友人シャニュに宛てた「愛についての書簡」から話を起こし、愛をめぐる精神と身体の関係について論じる...
収録日:2018/09/27
追加日:2019/03/31
津崎良典
筑波大学人文社会系 教授
5

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(2)量子論と空海密教の本質

「ワット・ビット連携」の概念がある。これは神経と血管の関係にも似ており、両者が密接に関係するところから、それをもとに人間の本質について考察していくことになる。また、中村天風の思想から着想を得て、人間の心には霊性...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/13