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多様性の時代に必要な道徳とは…科学的アプローチで考える

道徳と多様性~道徳のメカニズム(1)既存の道徳の問題点

鄭雄一
東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻教授
情報・テキスト
東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻教授・鄭雄一氏が、自著『道徳のメカニズム』をもとに、科学者の目で道徳と多様性について考える連続講義。鄭氏はまず、「殺人」をテーマに疑問を提示した。なぜ、人を殺してはいけないのか。どうして、戦争や死刑での殺人は許されるのか。子どもに聞かれたら、さて、あなたはどう答えますか?(全6話中第1話)
時間:06:47
収録日:2016/10/07
追加日:2017/01/05
≪全文≫

●国際化時代の中で道徳を根本から見つめ直す


 本日は「道徳と多様性」ということでお話しさせていただきます。このお話は、以前に書いた『東大理系教授が考える 道徳のメカニズム』(ベストセラーズ)という本が元になっております。なぜ、道徳と多様性なのかということを、これから説明しますが、今グローバリゼーションとか異分野融合とか言われていますが、そのときにどうやって道徳と多様性を両立させるかという話です。

 まず、背景についてですが、多様性と道徳がどう関わっているかということです。今、こういう時代になってきましたので、イノベーションを志すような人は、最高のモノ・システム・サービスをつくり上げるために、国境や分野に関係なく叡智を集める必要性があるでしょう。大学はまさにそういう場所です。国際化・異分野融合により境界を越えて多様性を実現するということがカギになってきます。

 境界を越えて異なる価値観に触れるときには、実は各人の道徳体系が問われています。われわれは、このことをあまり考えないのですが、他の国に行ったり、他の分野に行ったときに、自分の道徳体系がそのまま当てはまるのかということは、実は自明ではないのです。グローバリゼーションが叫ばれる現在、実は道徳を根本から見つめ直す必要があるのです。

 例えば今、世界を見ますと、世界中の人間が仲良くすべきだという考えと、よそ者は追い払うべきだという、アメリカでいうと民主党と共和党のような、そういう対立関係があるわけですが、これらのどちらにどのような根拠があるかということを考えてみました。


●道徳に科学的にアプローチする


 私は科学者の端くれですので、道徳を今までのアプローチとは違って科学的に考えてみようと思います。「科学的にアプローチする」と言っても、とても簡単なことです。まず最初に問題点を検出して、次に問題点を分析し、それを元に統合してモデルをつくり、またそれを現実に返して問題点がないかを検出する。こうしてグルグル回るわけで、ビジネスでいうところのPDCA(Plan・Do・Check・Action)サイクルと全く同じです。

 これをゼロベースで検討しましょう、ということです。残念ながら今までの道徳の本を読みますと、最後はどうしても自分たちが慣れ親しんだ何とか主義、何とか教、何とかイデオロギーに帰結してしまいます。西洋哲学などでは、最後は宗教になってしまったりすることも多いので、そういうことはやめましょう、ということです。


●道徳の問題点1―なぜ、殺人はいけないのか


 今回のシリーズは6章に分かれています。第1番目ですが、まず既存の道徳の問題点は何かということで、これはぜひ子どもに教えるつもりで考えてみてください。

 では道徳における未解決問題を考えてみたいと思います。普通、多くの人が最もしてはならない悪い行為と考えている「殺人」を例に取ってみましょう。ここで少し曖昧なことを取り上げてしまうと論理がぼやけてしまいますので、普通の人が一番悪いと考えている殺人を例に取ることにします。

 疑問の1は「誰が、なぜ、殺人はいけないと決めるのか?」です。これは、多くの人にとって自明だと思うのですが、聞いてみると、「神や仏、権力者、あるいは自分がそう思うから」とか、「脳が決めている」とかいった答えが返ってきます。

 これを整理すると、大きく2つに割れているということに気付きます。1つは、「社会の権威のある存在が決めた」という考えです。信心深い人などは、こういう答えになってきますし、あるいは「自分の心が決めた」と考えます。非常に個人主義的な人は、「自分がそう思うのだから、そんなの当たり前でしょう」という感じです。「なぜいけないのか」に関しては、「社会の権威ある存在が決めたということ」に対応して、「社会が壊れるのを防ぐため」ということです。「自分の心が決めた」という方の場合、なぜに対応する答えは「自分が死にたくないから」です。「自分が死にたくないんだから、あなたもそうでしょう」、という答えになります。

 以上が1番目です。その答えは1つではなく、2つに割れていたということがポイントです。


●道徳の問題点2―なぜ戦争や死刑で殺人は許されるのか


 2番目は、「なぜ戦争や死刑では殺人が許容されるのですか?」という疑問についてです。聞いてみると、「国が奪われるから」「権力者が命令したから」「やられたらやり返すのは当然」「そうしないと自分が殺される」という答えが返ってきます。

 やはりこれも大きく2つに割れています。1つは「社会を守るため」で、もう1つは「自分の命を守るため」です。「国が奪われる」や「権力者が命令した」などが社会を守るためですし、「やられたらやりかえす」「自分が殺される」などは自分の意志によるものです。...
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