●誰も予期しなかったトランプ候補の勝利
トランプ・ショックとアメリカの変貌をみていきます。トランプ候補の勝利は、誰も想像しなかった事態でしょう。後になってから「俺は、予想していた」と言う人もいますが、事前に予想できていたのは木村太郎氏ぐらいです。世界中が非常に驚き「まさか!」と叫んだ。あんなに品の悪い人が選ばれるとは思わなかったのです。
トランプ氏は全く無名で、公務も軍務も社会サービスもやったことのない人です。不動産で成功したお金持ちなので、軍務から逃げられたのかとも思います。「Real TV」と呼ばれるワイドショーが大好きで、政治のタニマチ好きでもあったと言われます。このように何の政治経験もないこと自体が、ワシントンのエスタブリッシュメントを覆す力になることを、支持層は期待したのでしょう。
この大統領選について、メディアは「史上最低・最悪」だったと書いています。「お互いに暴言を吐いていたから」というのですが、それは少し違います。もっぱら暴言を放つのはトランプ氏で、クリントン氏の方は、いわば「売られたケンカ」でした。ただ彼女も、相当気の強い人ですから、あれほどいろいろ言われると、戦わざるを得ない。ともあれ、議論の内容としては『週刊文春』より下のレベルでした。私もかなり注目しましたが、トランプ候補のしゃべり方が、ほとんど暴力団まがいなのにはがっかりしました。
彼が政治に強い興味を持ち始めたのは2000年ごろからだったそうです。当初は極めて慎重な態度で、政治家の人たちに対しても穏やかな発言をしていました。ところが、2007年に「ワールドワイド・レスリング・フェデレーション事件」が起きるわけです。
●無名のトランプ氏が罵倒術を覚えたWWE
ワールドワイド・レスリング・フェデレーション(現ワールドレスリングエンタテイメント・WWE)は何万人もの観衆を集めるプロレス団体です。ファン層は最大4万ドル以下と比較的年収が低く、他に楽しみを持たない人たちだと言われますが、主催者はもうかる。しかも名物オーナーである元レスラーのマクマホン氏がしじゅうリングに上がっては、観衆に向かって「お前らは、ばかだからな」と煽ってみせる。観客席から「この野郎をぶっ殺せ!」のコールがあると、ブルートのようなレスラーがリング上に上がっていく。そこでマクマホン氏が相手を足蹴りにするような乱闘となり、それが人気となって高い視聴率を稼ぐという仕掛けです。
これを見て「あれは、いい」と買収に乗り出したのがトランプ氏です。しかし、マクマホン氏の方では大切な金の成る木ですから応じない。「金なら出す」「俺だって金は持っている。じゃ、勝負だ」ということで、レスラーにリング上で代理戦争をさせることになりました。まるでローマ皇帝のようですが、この勝負では負けた方の髪を剃るのが約束となっていました。
代理戦争である試合の最中、場外乱闘が起こります。身長190センチ以上もあるトランプ氏がラリアットをかけ、マクマホン氏はKOされて脳震とうを起こします。トランプ氏は「約束通り、髪を剃るぞ」とマクマホン氏をリングに引っ張り上げる。これで視聴率は天井を突く騒ぎです。二人とも大変もうけたわけですね。
これ以来、トランプ氏のアピールはガラッと変わったと言われています。言葉遣いが意図的に汚くなっている。この後も、WWEを買収し、その金額の倍ぐらいでマクマホンに買い取らせてさらに大もうけしたという「トランプ神話」があります。ともあれ、彼が汚い罵倒術を使うようになったのは、この時以来だと言われています。
●「White Trash」層の現実に突き刺さるトランプ話法
2008年に大統領選に出馬した彼はすぐ降りて、2015年に満を持して再登場しました。演説では、白人の低所得勤労者層に照準を合わせ、「お前らの仕事を取り返してやる」と言っています。こんな感じです。
「I wanna get your probable jewelry back to you guys, Which you were left off and shift up of China and Japan!」
これで、聴衆は皆「うぉーっ!」です。何を言ったか、分かりますか? 「日本と中国にだまされて持っていかれた雇用機会をお前らに取り返してやる」と。
だから、白人労働者層にとっては救世主で、今この人を大統領にしなかったら、われわれは一生浮かばれないと思ったようです。なぜ、白人労働者がそんな状態になっているのか。昔は「Poor White(白い貧乏人)」と言われていた層が、今では「White Trash(白いクズ)」と言われています。これは要するに、技術革新とグローバリゼーション、その他のトレンドに取り残されたということです。
トレンドの勝者は誰かというと、ITか金融かLaw(法律)で、これ以外はもうクズだと見なされる。本当に気の毒な状態ですが、その数は相...