●PHP研究所の経営担当になった時のエピソード
前回お話しした続きですが、その翌年の1976年4月23日に私は、PHP研究所の経営を担当するようにと指示を受けました。いったんは断ったのですが、松下幸之助さんがやってみろと言うので、お受けすることにしたのです。ですが、私がやってきたのはそれまで商業に関することばかりでしたので、経営のことも経理のことも営業のことも、大して知りませんでした。また、出版や制作、また研究活動のことも知らないという状態でした。
ですから、私の前任者が松下幸之助さんに報告していたのと同じ仕方でやってみました。さらに、前任者は1カ月に1回、報告していましたが、私は多少なりとも松下幸之助さんに安心感を与えるために、1週間に1回のペースで報告をしていました。
そこでは、今週は赤字ですと報告して、来週はまた頑張りますと言うのですが、頑張ると言っても結局、その次の週もまた赤字の報告をするわけですね。前任者の場合もそうでした。その時に松下幸之助さんは決まって、若い君たちが一生懸命にやって赤字を出しているのだから仕方がないということを言います。それで私の方は、すみませんと言って次の報告に移るのが常でした。
その年6月の初めに松下幸之助さんに報告をした時のことです。いつも通りに赤字の報告をすると、君のところの若い人たちが一生懸命やってこういう結果になったのだから仕方ないとおっしゃるので、私の方も心も込めずにすみませんと言って、次の報告に移ろうとしました。
その時、松下幸之助さんはベッドの上で正座をしていました。自分が横になっても目線が合うように、ベッドの高さに合わせた低い丸椅子があり、私はそれに座っていました。そこで、次の報告資料が床に置いてあったので、床からそれを取って次の報告をしようと思っていたら、松下幸之助さんが、「あんたな、わしの言う通りにやるんやったら、君は要らんで」と言ったのです。
反対のこと、つまり「自分の言う通りにやらないなら必要ない」というのなら分かります。ですが、「わしの言う通りにやったら君は要らんで」と言われて、どういう意味だろうと思い、その時は頭が真っ白になりました。
●松下幸之助は、禅問答を通じて経営を考えさせる
松下幸之助という人は、時折、禅問答のようなことを突然言うことがありました。例えば、「風が吹いても悟る...