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松下幸之助は、禅問答を通じて経営を考えさせた

生き続ける松下幸之助の経営観(7)禅問答で考えさせる

江口克彦
株式会社江口オフィス代表取締役社長
情報・テキスト
松下幸之助は、禅問答を通じて部下に経営を考えさせていた。株式会社江口オフィス代表取締役社長の江口克彦氏はそう語る。松下幸之助はPHP研究所の経営を担当し始めた江口氏に、「わしの言う通りにやるんやったら、君は要らんで」と言った。この禅問答のような言葉は、今までの人とは違うやり方でやれというメッセージであった。(2018年5月31日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「生き続ける松下幸之助の経営観」より、全12話中第7話)
時間:07:54
収録日:2018/05/31
追加日:2018/11/14
キーワード:
≪全文≫

●PHP研究所の経営担当になった時のエピソード


 前回お話しした続きですが、その翌年の1976年4月23日に私は、PHP研究所の経営を担当するようにと指示を受けました。いったんは断ったのですが、松下幸之助さんがやってみろと言うので、お受けすることにしたのです。ですが、私がやってきたのはそれまで商業に関することばかりでしたので、経営のことも経理のことも営業のことも、大して知りませんでした。また、出版や制作、また研究活動のことも知らないという状態でした。

 ですから、私の前任者が松下幸之助さんに報告していたのと同じ仕方でやってみました。さらに、前任者は1カ月に1回、報告していましたが、私は多少なりとも松下幸之助さんに安心感を与えるために、1週間に1回のペースで報告をしていました。

 そこでは、今週は赤字ですと報告して、来週はまた頑張りますと言うのですが、頑張ると言っても結局、その次の週もまた赤字の報告をするわけですね。前任者の場合もそうでした。その時に松下幸之助さんは決まって、若い君たちが一生懸命にやって赤字を出しているのだから仕方がないということを言います。それで私の方は、すみませんと言って次の報告に移るのが常でした。

 その年6月の初めに松下幸之助さんに報告をした時のことです。いつも通りに赤字の報告をすると、君のところの若い人たちが一生懸命やってこういう結果になったのだから仕方ないとおっしゃるので、私の方も心も込めずにすみませんと言って、次の報告に移ろうとしました。

 その時、松下幸之助さんはベッドの上で正座をしていました。自分が横になっても目線が合うように、ベッドの高さに合わせた低い丸椅子があり、私はそれに座っていました。そこで、次の報告資料が床に置いてあったので、床からそれを取って次の報告をしようと思っていたら、松下幸之助さんが、「あんたな、わしの言う通りにやるんやったら、君は要らんで」と言ったのです。

 反対のこと、つまり「自分の言う通りにやらないなら必要ない」というのなら分かります。ですが、「わしの言う通りにやったら君は要らんで」と言われて、どういう意味だろうと思い、その時は頭が真っ白になりました。


●松下幸之助は、禅問答を通じて経営を考えさせる


 松下幸之助という人は、時折、禅問答のようなことを突然言うことがありました。例えば、「風が吹いても悟る人がおるわな」と突然に言われたことがあったのですが、それはよく考えたら、私が叱られていたのです。他には、「従いつつ、部下は導かんといかん」ということも言っていました。また、社員は何人いるのかと聞かれて「250人です」と答えたら、「1000人か」と言われて、この人は何を言っているのだろうと思ったこともあります。

 いずれにしても、「わしの言う通りにやるんやったら、君は要らんで」と禅問答のようなことを言われて頭が真っ白になりました。これはどういう意味か、賢明な皆さんならすぐにお分かりになると思います。PHP研究所は、創業してから30年の間、ずっと赤字でした。私がやり始めてからも赤字でした。松下幸之助さんがなぜ私のような素人を経営者にしたかといえば、それは、今までのやり方を全部そっくり白紙に戻すためだったのです。要するに、松下幸之助さんがそんな私に期待する通りの経営をやらないといけないと言っているのだろうと思いました。

 PHP研究所は慈善団体ではなく株式会社ですから、売り上げを伸ばして利益を上げ、その利益を社会に還元するということをやらなければいけないと考えました。そう思ってすぐに対応して、わずか3カ月半くらいでしたが、5000万円の利益を上げることに成功しました。それからは、いろいろな対策を立てて売り上げを伸ばし、9億から13億、13億から16億、16億から23億、23億から36億、36億から43億くらいにまでなりました。

 結局は250億まで売り上げるということになり、松下幸之助さんも大いに喜んでくれました。

 そこで私は、PHP研究所と言いながら研究本部がなく、研究活動をしていないのはおかしいと思い、研究本部をつくると言いました。研究本部というのは金食い虫ですし、稼げるものでもありません。そこに利益のうちの相当額を回さなければならないということで、松下幸之助さんに許可をもらって研究活動を始めました。それが今でも続いているのです。
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