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ロバート・ケネディに直接訴えた満洲事変・日中戦争の教訓

小澤開作と満洲事変・日中戦争(9)ベトナム戦争への助言

小澤俊夫
小澤昔ばなし研究所所長/筑波大学名誉教授
情報・テキスト
ロバート・ケネディ(1925年~1968年)
ジョン・F・ケネディ大統領の実弟
「単刀直入」で「陰日向ない」、そして「情にもろい」。それが小澤俊夫氏が見るところの小澤開作のタイプだった。指揮者として成功した小澤征爾氏に、折にふれて投げかけた言葉から、そんな小澤開作の人柄が浮かび上がってくる。さらに小澤開作は、ベトナム戦争が泥沼に陥っているのを見かねて、なんとロバート・ケネディ(ジョン・F・ケネディ大統領の実弟)に直接、自身の満洲や中国での経験を元にしたベトナム紛争解決への提言を行おうと思い立つ。やろうと思ったら、やってしまうのが小澤開作である。小澤征爾氏の尽力もあり、1966年(昭和41年)、ロバート・ケネディ上院議員との面会は実現するのだった。(全10話中第9話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:09:41
収録日:2019/10/09
追加日:2020/11/09
≪全文≫

●「お前はワイシャツで音楽をやるのかっ。そんな音楽ならやめちまえっ!」


―― なかなか、ご子息の立場では見えるところ、見えないところがあると思うのですが、お父さんの姿として、よく、たとえば人付き合いのうまいタイプの人とか、誰とでも友達になってしまうタイプとか、色々なタイプがありますけれども、お父さんはどんな感じの方なのですか。

小澤 「単刀直入」というのがいいんじゃないかな。気が短くて、単刀直入。で、「陰日向ない」というかね。

―― 陰日向ない。

小澤 陰日向ない。正直に言っちゃう、と。それに尽きるんじゃないかな。それと、「情にもろい」(笑)。満洲時代に言われたそうですよ。山口重次という優れた理論家がいて、理の山口重次、情の小澤開作と言われていたそうだ(笑)。

―― なるほど、その情の部分ですね。

小澤 あとから聞いたんですけどね、そう言われていたそうですね。

―― やっぱり満洲事変のきっかけとなった、万宝山の事件の、朝鮮の方々もそうですけれども、何か起きると自分が黙ってはいられないところなのでしょうか。

小澤 そうそう。黙っちゃいられない(笑)。黙っていられないしね。すごいですよ、やっぱり命を懸けてやってきたからだろうと思うんだけどね。

 話は飛ぶけれど、征爾がNHK交響楽団からすっぽかされたことがあるわけですよ(1962年)。排斥されて。

―― 揉め事がございましたね。

小澤 揉め事があったでしょ。あのとき、大変だったんです、本当に。征爾も孤軍奮闘だからね、1人だから本当に大変だった。そのときに親父はね、「お前は自分が信ずるとおりにトコトンやれ。骨は俺が拾ってやる」と言ったんだよ(笑)。親父らしいと思って。「骨は俺が拾ってやる」っていうんだもんね(笑)。

―― それはいい応援ですね。「謝れ」などという言葉ではなかったんですね。

小澤 全然、それはないんです。反省せよとか、そんなことはひと言も言わないの。もうトコトンやれと。思う存分、思ったとおりやれと。骨は俺が拾ってやる。親父らしいと思ったよ、あのとき。

―― それはかっこいい台詞ですね。

小澤 かっこいいというか、ヤクザだよね(笑)。ヤクザの台詞だよ、これ。

―― これは小澤征爾さんが『父を語る』のご本に書かれたと思うんですが。

小澤 書いたかな?

―― いや、このエピソードではなくて、ワイシャツの話。

小澤 あ、ワイシャツね。それはあるよね。

―― あれはいい話ですね。

小澤 これも本当に親父らしいと思うんだけどね。征爾がニューヨークフィルと一緒に帰ってきてね。ニューヨークフィルは音楽会をやって帰っちゃったんだけど、征爾だけ残ったんですよ。その頃、ベルリンオペラが来て、ある晩、オペラのオーケストラなんだけど、シンフォニーオーケストラのコンサートをやる。征爾が指揮することになって。(本番が)今夜という日に、お袋に「ワイシャツを買ってきてくれ」と頼んだらしいんだな。僕はその場面は知らないんだけど、お袋が買ってきたわけ。征爾はそれを開けて。で、なんか気に食わなかったらしいんだね。襟がどうのこうのと言っていた。そうしたら親父がね、歯医者ですからね、仕事場にいたんだけど、それを聞いてね、いきなり来てね、「征爾、お前はワイシャツで音楽をやるのかっ。そんな音楽ならやめちまえっ!」と怒鳴ったの(笑)。親父はね、普段は優しいんですよ。おとなしいんだけどね。その怒鳴るときのアクセントがすごいんだよ、その迫力が。バーッと来るわけ。「セイジッ!」と来るわけ。

 で、僕はびっくりしちゃってさ。征爾はウワーッと泣きながら2階へ駆け上がっていった。僕は、今夜本番だから(笑)。しかも、まだ27、8の若造だぜ。それがベルリンを振るわけだから、大変なことだよね。僕も本当に心配でね。僕も駆け上がって。そしたら征爾がベッドにこうやって、わんわん泣いてるんだよね。僕はもう抱き締めてね、「お前、大丈夫だよ、大丈夫だよ」って。何が大丈夫かわからないんだけどさ、とにかく、「大丈夫、大丈夫」と鎮めた覚えがあるの。

 それで、その晩ね、そのあとコンサートの本番へ行った。お袋も行ったし親父も行ったんだけど、見たら、お袋が買ってきたのをしてたの。よかったなあと思った(笑)。あとで聞くとね、当時、ワイシャツの流行りがあって、襟の角度がね、征爾が思っていたのと違ったらしいんだな。それを親父はさ、「ワイシャツで音楽するのか。やめちまえ」って(笑)。でも、それは征爾も真正面から受けとめていますよ。いまでも、「あの親父のひと言は正しかった」と言いますから。「あれは親父が正しかった」って(笑)。

―― そこは若いと、そういうところは気になりますからね。

小澤 そのくらい、ちょっとカッコつけようという気はもちろん...
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