●安倍総理との面談実現に向けて
―― それにしても江口さんが下村(博文)さんに話をせず、下村さんから菅(義偉)さん、安倍(晋三)さんに話が行かなければ、国会議員会館での演説は実現しなかったのですね。
江口 李登輝さんは安倍さんが総理になったときに、「これで日本は日本らしくなる」と、大変喜ばれたんです。私は「来てくれ」と言われるので何事かと思って行くと、「安倍総理に親書と色紙を渡してくれ」と頼まれ、預かって渡したことがあります。だから、李登輝さんは総理が安倍さんに替わって良かったと思ったのでしょう。安倍総理も李登輝さんに対して、敬意を抱いていたと思います。
だから国会議員会館で話してもらった後、菅官房長官に電話をしたんです。せっかく李登輝さんが日本に来て、すぐ目と鼻の先のキャピトルホテル東急に泊まっている。それまで現役の総理大臣が、李登輝さんに会ったことは一度もないんです。森総理でさえ、人道上は認めたけれど会っていない。
―― もったいないですね。
江口 だから菅官房長官に、「せっかくだから安倍総理に李登輝さんのところへ来て、挨拶していただくことはできませんか」と言ったのです。「李登輝さんが総理官邸に行くと大騒ぎになるから、安倍総理に部屋を訪ねてもらい、5分でもいいからひと言、挨拶でもしていただきたい。そうすれば李登輝さんが日本を思う気持ちも報われると思います」と言うと、菅さんが「それもそうですね」と。「安倍総理に直接聞いて、改めて江口先生に連絡します」となったのです。
翌日6時前に私の携帯が鳴り、見たら菅官房長官からでした。驚いて出ると、「総理が今日、政務の間を縫って李登輝先生のところに行かれることになりました。ただこの件は極秘なので、江口先生もそのことを含んでおいてください」と。「分かりました。私のほうから李登輝さんに連絡することもしません。一切、私は関与しません。官房長官と総理の2人で進めてください」と言って電話を切りました。
総理は午前中に行かれたようです。私が午後に行くと、李登輝さんが待っていてくれました。お互いにその話はしないのですが、以心伝心ですから李登輝さんがニコッと笑って、私もニコッと笑って2人で頷いて、そして窓から2人で外を見て、「日本はいいところだなあ」という話になりました。
「李登輝さんから見ると、お目怠い(めだるい)ところもあると思いますけれど」と言うと、「いくつかあるよね」と言われながらも、それからまた2人で食事です。そういうことがありました。
●総理周辺の電光石火の動きに感謝
江口 (繰り返しになりますが)すごいなあと思ったのは、下村大臣から官房長官につながって、それから安倍総理につながる、その速さ。本当に前日の午後、官房長官に電話したんだからね。そして、翌朝6時前に「今日午前中、行きます。内密に」と連絡があったけど、そのスピードはすごい、さすがだと思いましたね。ありがたかった。私としてはね。
李登輝さんのことについて、そこまで掛け値なしに、パパパパパパッと、もう電光石火で手を打ってもらった。今でも、その点に関しては菅官房長官、それから安倍総理に感謝、感謝ですね。その火をつけてくれた下村大臣についてもね。岸信夫さんや古屋圭司さんは、下村大臣や菅官房長官の指示でバッと動き始めたんです。
私は国会議員の時、保守系でありながら野党だった。だから、絶対に水面上に出たら、自民党の人たちも含め、だれかから外務省を経てすぐ北京に連絡がいき、つぶされると思った。でも、全然表に出なかった。だから、国会議員のみんながこのことを分かったのは、講演会を開く1週間ぐらい前ですよ。
―― そういう意味では、江口さんのことがすぐ分かる菅さん、李登輝さんに敬意を表している安倍さんは、大したものですよね。李登輝さんがかなり日本の伝統精神の中で育まれた人だということが分かっているんですよね。
●「中国を敵に回せば拉致問題解決が遠のく」という安倍総理の苦悩
江口 李登輝さんが安倍総理に託した思いは、やはり台湾の自主自立で、「台湾を国として捉えてくれ」と。安倍総理も心の中では、そういう捉え方をしているのです。その意味では肝胆相照らすところがあったと思います。
ただ安倍総理として非常に厳しかったのは、拉致問題です。拉致問題がなければ、場合によっては中国と喧嘩することもできました。でも拉致問題は、中国を通さないと北朝鮮にパイプがないんです。韓国は頼りにならない。この間も朝韓合同の庁舎を爆破してしまうということもありましたが、そんなことをするぐらい北朝鮮は韓国を相手にしていない。自分は大国と思っているから、相手をするのは中国であり、アメリカであるという考えです。日本が拉致問題でアプローチするには、やはり...