●気がついたら好きなことをやっていたという人生
―― 皆さま、こんにちは。本日は為末大先生に「生き抜くチカラ」についてお話ししていただきたいと思います。為末先生、本日はよろしくお願いいたします。
為末 よろしくお願いします。
―― 為末先生は、『生き抜くチカラ: ボクがキミに伝えたい50のことば』『為末メソッド 自分をコントロールする100の技術』(いずれも日本図書センター)の2冊の本を出されていますが、いずれも先生のメッセージを集めた本ということになりますね。
為末 そうですね。『生き抜くチカラ』を最初に出したのですが、長く陸上競技をやってきた中で、「こういうことが大事だったな」というのを、14歳くらいの自分に対して話しているような本になります。
ですから、子どもたちに、教科書的に正しい本ではなく、「実際の社会だとこんなふうにいろいろとあの手この手で柔軟にやっていかなくてはいけないだろう」というようなことを書いている本です。
一方の『為末メソッド』はもう少し年齢を上に上げて、「自分がやっていることは何だろうか」ということを具体的に書いている本になります。
―― 『為末メソッド』で為末さんがお書きになっているように、いろいろな局面がございますので、「こういう場合にはこうだけど、こういう場合にはこうだよね」といった矛盾するようなメッセージもあります。だからこそ、いろいろな局面で、生きる力を与えてくれるのだろうと思っています。今日はその中からいくつかピックアップして、実際に、生きていくことをどう考えるか、あるいは、例えば自分の子どもにメッセージを発するときに、1つのヒントになるような講義になればと思っています。ぜひよろしくお願いいたします。
為末 よろしくお願いします。
―― どれもいい言葉だったので選ぶのが難しかったのですが、まずは「自分の人生というものを見つけるヒント」についてお話しいただければと思います。特に、「自分の子どもがどういう進路を取るのか」、あるいは子ども自身が考えるときに、「私は絶対にこれがやりたい」というように、はじめから好きなことがあるような子どもはそれを応援してあげるということで楽なのかもしれませんが、「はてさて何をやろうかな」とか、「僕はどうやって生きていけばいいのだろう」「私はどうすればいいんだ」と悩んでいらっしゃる方も多いと思うのです。アスリートの道を選んだ為末さんは、早い段階でその道を意識されたのでしょうか。
為末 そうですね。9歳くらいのときに陸上クラブに入りました。足がとても速かったものですから、分かりやすい人生ですよね。得意で、やってみたら楽しかったので、その道に来たという感じです。
―― 為末さんご自身は、例えば「好きなことって何だろう」とか「やるべきことって何だろう」と、あまり迷わなかったのでしょうか。
為末 はい。気がついたら好きなことをやっていたという人生なのです。一方で、アスリートには引退というものがあって、引退する瞬間にそれが終わるわけです。次の人生に行かないといけない。これが普通の職業と違うところで、30代半ばくらいに思い切り前のキャリアを全部捨てて、次に行かなくてはいけません。
その時に考えたことが、私のこれまでの人生は「自分の好きなこと」「うまくいったときの成功と失敗」、そして「社会的な評価」、さらには「金銭」みたいな側面も全部が一致している、とても珍しい世界だったということでした。スポーツ選手がスポーツをやっていて、「おまえはスポーツばかりやっている」と悪く言われない。「いいことだ」という印象がありますよね。
だから、自分の好きなことをやる一方で、半分は社会の評価を得るために一番有効な手段をやっていたという側面もあったのです。そこが人生の一番難しいところで、人間は普通にしていると、世の中が「これはいいぞ」というものを、無意識に追いかけていくものだと思うのです。
その流れの中で生きながら、「自分らしくある」というのは、要するに社会にとっては、「これがいいことだよ」みたいにやっているものの中から、自分なりのものを見つけていく作業だと思うのです。私が小学校くらいの時、バレンタインデーではだいたいクラスで一番人気の男の子にワーッと集中していましたが、あのような競争の世界がある一方で、自分にとってはこれだと思って進む、自分にとって好きなものを見つけるというのは、その中で考えていく必要があると思っています。
私の人生は、前半はそこの部分がピタッと一致している。後半はちょっとあれこれ考えながら探っていったというところがありました。そこは、そんなことを書いている文章ですね。
●「自分の好き」と「世間の評価」のバランスを取る
―― 好きなことで生きていけるので...
(為末大著、日本図書センター)