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本当の意味での「自分らしさ」を出すためにすべきこと

生き抜くためのチカラ~為末メソッドに迫る(6)摩擦と空気、その向き合い方

為末大
一般社団法人アスリートソサエティ代表理事/元陸上選手
情報・テキスト
「自分らしさ」というのは、個人の力だけで完成するものではなく、社会や組織との関係性の中で見えてくることもある。我を張って、社会と正面衝突する必要はないが、摩擦を避けるだけではかえって、取り返しのつかない衝突を招くことも……。早い段階から違いを表明し、相互に作用し合いながら、強く柔軟な個人と社会を形作る以外に正攻法はないのだろう。(全6話中第6話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:09:55
収録日:2021/06/30
追加日:2021/10/15
キーワード:
≪全文≫

●自分の意見を早めに開示したほうがいい


―― 最後に2つの言葉をピックアップさせていただきました。「嫌われることを先延ばしにしない」。それから、「『みんな』は、だれでもないことが多い」という言葉ですが、最近は、ことSNSとか、いろいろとつながりがどんどん広くなっていくケースがあるので、こういう悩みに直面することもあると思うのです。社会なり、他者の目と自分自身ということについては、どのようにお考えですか。

為末 私たちは常に自分なりの主張、考え方について他者と話をしながら、「ここは合う」「合わない」というところを探っています。特にある程度の年齢になるとそういうことがあると思うのですけど、そのときに、対立というか、その違いをよりはっきり浮き立たせるのか、違いを浮き立たせないようにするのか、この2つのアプローチがありますが、違いが浮き出ないようにしていくというアプローチは、特に日本ではよく取られがちだと思うのです。

 はっきり言うと、本当は違う。でも、はっきり言わないから、違っているのかどうかが分からないという状態でやっていく。これも大事なことですが、あまりにも長く繰り返していくと、今度は何を言っても違いが浮き出てしまう。相手から見ると、「急に変わった」というような印象を持たれがちで、その違いをうまく出せなくなることがとても多い。結果として、自分らしく生きていくのが難しくなっているパターンが多いと思うのです。

 ですから、自分らしく生きていくとか、自分の意見を持ってしまうと、どうしても相容れないところが出てくるので、過剰にやる必要はないのですが、それをずっと濁していくのではなく、比較的早めに開示したほうが、結果としては双方にとってもいいのではないかという思いを込めた言葉です。いずれ出てくるものなのだから、比較的早めに出してしまったほうがいいのではないだろうかという意味ですね。


●最後の衝突に比べれば、途中の摩擦のほうがまし


―― 私も日本の組織で生きてきて思うのですが、なんとなくまとまっていく姿というのは、ある種、お約束ができる社会ですよね。

為末 そうです。

―― 村もそうだと思うのですけど、「あそこの家の三男坊はああいうやつだからね」という共通見解がある。例えば、「為末さんはきっとこういうふうに発言するだろうから、お約束的にこう聞きました」という中でできてくる社会があると思うのです。だから、おそらくなにがしか自分を出していかないと、そういうお約束すらできない。予定調和にすらならない。どこかに矛盾がたまったままでいってしまうことがある。今お話を聞いて思ったのは、何でもかんでも衝突すればいいというわけではないのですが、「こいつはこういうやつだよね」という世界観を、いかに早く、どうつくるかも非常に大事な気がしますね。

為末 はい。これについては、人類普遍の文化圏での普遍の話と、もう一つは日本文化の中の話と、その両方があると思うのです。よく言われることですが、とにかく「おまえの意見は何だ?」と聞かれるという経験を私もしています。向こうはそういうことを繰り返しているので、地雷の場所を分かっていて、宗教の話といった話題をきれいに分けたうえで意見を言っています。そのあたりについて、日本人の私は初めての時はよく分からないから、全部言ってしまう。すると、「そこまでの自分の意見は聞いていないんだよ」と言うのです。これは私たちがグローバル社会で生きていく上で、学習していくべきことだと思います。

 一方で、日本はおっしゃるように慮りの文化、社会なので、過去の行動から「あの人はきっとこうしてくるだろう」と予想しながら、徐々に忖度が上下だけではなく、左右でもいろいろとできあがってくると思います。これが、自分でコントロールが利かないところまで転がる前に、毎回修正をかける必要がある。動いているものに修正をかけるので、必ず摩擦が起きるのですが、最後の衝突に比べれば、途中の摩擦のほうがよほどましだと思うのです。その摩擦を日々出しておいて、「あっ、案外こうなんだ」「こことこことはやはり違うんだ」というのを伝えておくのが大事なのです。だから、自分の意見をガンガン出す社会ではないというのはよく分かりながらも、定期的に、恐れず、それなりにそれを、日本なりのやり方で出しておくのが大事なのだろうと思います。


●オピニオンの多様性と肩書の多様性を混ぜて組織を活性化させる


為末 これは、組織にとっても大切なことです。ドーンと異論が出てぶつかる社会ではないと思いますが、そんなに簡単にはまとまらなくて、ちょっとずつ異論が出てくる状態のほうが、活気があっていいと思うのです。日本社会ですごく身動きが取れなくなるパターンの...
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