テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.05.28

シーザーの「賽は投げられた」の本当の意味とは?

 1200年に及ぶローマ史のなかで、私たち日本人にもなじみ深い名前といえば、カエサル(英語読みではジュリアス・シーザー)をおいてないのではないでしょうか。「賽は投げられた」「来た、見た、勝った」「ブルータス、お前もか」などの名言で知られる終身独裁官について、ローマ史研究家で早稲田大学国際教養学部特任教授の本村凌二氏はどのように見ているのでしょうか。

三頭政治のバランスがくずれるとき

 シーザーの呼びかけで始まったのが三頭政治です。三頭、つまり三人のうち残りの二人はクラッススとポンペイウスです。三人の貴族たちは、それぞれ「知恵(政治)」「富(土地・金)」「力(軍事力)」の面で秀でていたと言われます。

 そんな三者でしたが、生まれながらの富がいくらあっても力や知恵を買うことはできず、力を持つ者は富や知恵を集めることに疎く、ただ知恵のある者だけが富と力を引き寄せるために懸命な努力を続けられる。その結果として三者のバランスが崩れていったと、本村氏は見ているのです。

 紀元前60年前後のことですから、2100年も隔たった昔。とはいえ、人間の本質や政治におけるパワー・バランスの推移にはさしたる変化はないことを、ローマ史は教えてくれるようです。

ローマ史を左右した女性ユリアとは

 三頭政治は、クラッススの死によって二者間の対立となります。これは個人的なものというより、民衆派(ポプラレス)と閥族派(オプティマテス)の対立を象徴したものと言ったほうが近いでしょう。

 閥族派に担ぎ上げられたポンペイウスは、小アジア・オリエント方面に遠征し、相次ぐ勝利で、ローマ市民からの人気を集めていました。その彼が、シーザーの娘ユリアと結婚したのは47歳のとき。彼にとって四度目の妻となるユリアは24歳と、今でいう「年の差カップル」でしたが、夫婦仲は極めてよく、特にポンペイウスはユリアに夢中だったと言われています。

 ローマ市民から「ポンペイウスは若い妻に溺れて、政治に興味を失った」と噂される中、ユリアは妊娠。ところが一度目は選挙の際の騒乱で血を浴びたポンペイウスの衣服を見た衝撃で流産してしまい、二度目の妊娠では女児を出産するものの、産褥がはかばかしくなく、そのまま亡くなってしまいます。

 「ローマ史全体を考える上での、非常に大きな不幸」と本村氏が言うように、このことが二人の対立を明るみに出していくのです。

「賽は投げられた」の本当の意味を知っていますか

 「賽は投げられた」は、現在では「(帰還不能となる限界点を越えてしまったので)最後までやるしかない」という意味で使われています。そのため、私たちは「ルビコン川を渡る」こと自体を、シーザーが大きな賭けとみなしたように思いがちですが、それは誤りです。

 なぜならば、ルビコン川とは、当時のローマにおいて、ガリアとローマを分ける境界線。故郷へ帰るのに、必ず踏んでいく場所だからです。異民族の暴動を鎮圧して戻ってきたシーザーは、いわゆる凱旋将軍のはず。それなのに、なぜ彼はそのような言葉を発したのでしょうか。

 それは、武装解除するか否かの問題に直面したからです。当時の法律では、ローマ軍は遠征から帰ってローマ市中に入る際には武装を解くことが定められていました。その国禁を破ってシーザー軍は、武装したままルビコン川を渡ることにしたのです。

 それは、敵がローマ市内にこそいたからに他なりません。閥族派の面々は、ただでさえ大きなシーザーの権力が今回の武勲によってますます大きくなっていくことを恐れていました。彼らの襲撃を予測し、国禁を犯してかつての盟友との対決に臨むことが、ルビコン川を渡るシーザーの思いでした。

 これ以後、民衆派と閥族派との戦いは2年近く続き、追い詰められたポンペイウスはエジプトへ逃れ、その地であえない最期を遂げます。ポンペイウスの死を知ったシーザーは涙を流したと言いますが、そこには彼に対する惜別の情とともに、帝国化したローマの権力を握る「独裁者」となってしまった自分の運命への恐れがあったのかもしれません。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

運も実力のうち!?小早川の寝返りを生んだ黒田長政の好運

運も実力のうち!?小早川の寝返りを生んだ黒田長政の好運

運と歴史~人は運で決まるか(2)運に恵まれるにはどうすればいいか

普通の人間の「運」については、どう考えればいいのだろうか。例えば、日本において消費文化が花開いた江戸時代、11代将軍・徳川家斉の治世には、庶民が「運がめぐってこない」ことを皮肉った狂詩があった。運には「めぐりあわ...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/25
山内昌之
東京大学名誉教授
2

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(4)サウジアラビアとイランの存在感

中東のグローバル・サウスといえば、サウジアラビアとイランである。両国ともに世界的な産油国であり、世界の政治・経済に大きな存在感を示している。ただし、石油を武器にアメリカとの関係を深めてきたのがサウジアラビアであ...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/24
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
3

起業の極意!サム・アルトマンと松下幸之助

起業の極意!サム・アルトマンと松下幸之助

編集部ラジオ2024:4月24日(水)

ChatGPTを開発したことで一躍有名となったOpenAI創業者のサム・アルトマン。AIの発展によって社会は大きく、急速に変化しており、その中心的な人物こそが彼であるといっても過言ではありません。

そんなアルトマンが...
収録日:2024/04/15
追加日:2024/04/24
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア
4

権威主義とポピュリズムへの対抗…歴史を学び、連帯しよう

権威主義とポピュリズムへの対抗…歴史を学び、連帯しよう

民主主義の本質(5)民主主義を守り育てるために

ポピュリズムや権威主義的な国家の脅威が迫る現在の国際社会。それに対抗し、民主主義的な社会を堅持するために、国際社会の中で日本はどのように振る舞うべきか。議論を進める前提として大事なのは「歴史から学ぶ」ことである...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/04/23
橋爪大三郎
社会学者
5

ルネサンスはどうやって始まった?…美術の時代背景

ルネサンスはどうやって始まった?…美術の時代背景

ルネサンス美術の見方(1)ルネサンス美術とは何か

ルネサンス美術とはいったい何なのか。これを考えるためには、なぜその時代に古代ギリシャ、ローマの文化が復活しなければならなかったのかを考える必要がある。その鍵は、ルネサンス以前のイタリアの分裂した都市国家の状態や...
収録日:2019/09/06
追加日:2019/10/31
池上英洋
東京造形大学教授