社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
「原理主義」とは何かー『宗教学』著者が語るその考え方
「原理主義」とは何か
世界中で「イスラム国」をはじめとする過激派によるテロ被害がいっこうに止みません。他方、テロ組織を狙った各国の空爆による民間人の犠牲もあとを絶ちません。幸福にも、まだ日本国内において直接的な被害はありません。しかしながら、その影響は日に日に強まっているといえるでしょう。たとえば、「テロ等準備罪(共謀罪)」の成立をめぐって、政府はイスラム国の脅威を挙げ、国際的なテロ情勢の変化を強調しました。
イスラム国に限らず、暴力革命を目指す過激派組織には「原理主義」という思想的共通点があります。アメリカや欧米諸国は、とりわけイスラーム過激派を指して「原理主義に陥っている」などと批判します。いったい、この「原理主義」とは何なのでしょうか。
原理主義はキリスト教から生まれた
埼玉大学非常勤講師で文学博士である大田俊寛氏は、著書『宗教学──ブックガイドシリーズ 基本の30冊』のなかで「原理主義」について以下のように述べています。原理主義とは、「信仰の『原理』に立ち帰らなればならないことを訴える運動」のこと。大田氏は、『原理主義とは何か』(小川忠著、講談社)の解説において、そもそも「原理主義」ということばは、イスラームではなく、米国のキリスト教プロテスタントが発祥だったと言っています。キリスト教原理主義は、「最終戦争(ハルマゲドン)」が近い将来に勃発し、現在の国会や社会が転覆されて、神の直接的な支配が回復されるという、聖書の終末論世界観を信仰の核としています。
この点について、大田氏は「米国のキリスト教原理主義とイスラーム原理主義は、似通った形式で相互に対峙している」と記しています。
原理主義の発端が、イスラームではなくてキリスト教にあって、イスラームもキリスト教の原理主義もとても似ているというのは驚きですね。
なお、本書は、古代宗教から新興宗教まで、宗教について体系的に思考するための30冊の良質な読書案内です。
ニッポンの原理主義
実は、原理主義が思想の核としている終末論は、日本でも変わったかたちで根付いています。日本にキリスト教徒が多いわけでもないのにどうしてだろうと思われる方もいるかもしれません。この点について、大田氏は「オカルト分野の著作を通じ、歪んだ姿で流布していった」と述べています。さらに、「なかでも特筆すべきは五島勉の『ノストラダムスの大予言』シリーズである」と主張しています。
「1999年に世界滅亡する」と予告した『ノストラダムスの大予言』(五島勉著)は、1973年の刊行当時、大ブームとなりました。大田氏は触れていませんが、終末論的世界観は、「風の谷のナウシカ」や「新世紀エヴァンゲリオン」をはじめ多くのアニメ作品やサブカルチャーにおいても頻繁に用いられています。
およそ20年前、日本でも過激派宗教組織によるテロ事件は起こりました。1995年のオウム真理教による地下的サリン事件です。オウム真理教には、あきらかに原理主義的、終末論的思潮がありました。大田氏は「オウムもまた、日本で起こった奇妙な終末ブームの産物の一つと見ることができるだろう」と述べています。
さらにいえば、日本には、かつてキリスト教やイスラームとは異なる独自の原理主義もありました。戦前日本の天皇制ファシズムを支えた「国体思想」というものです。本書によると、「国体」という概念は、江戸時代の末期に本居宣長が大成した国学に由来するそうです。
日本でテロが起きる日はくるのか
ここまで、『宗教学──ブックガイドシリーズ 基本の30冊』を頼りに、「原理主義」について述べてきました。「原理主義」が、イスラム国などイスラーム過激派に限った珍しい考え方ではなく、その概念は、江戸時代の国学にも通じていることがわかりました。ハッとするようなつながりを発見すると、ますます興味が湧いてきますね。さて、日本国内において、今後、原理主義が出現したり、テロが起こる可能性もゼロとはいい切れません。その意味で、テロを予防することは重要な課題であり、過激派の本質である「原理主義」についての研究や議論も欠かせないでしょう。
だからこそ、「テロ等準備罪(共謀罪)」について、国会においても、マスメディアにおいても、まともな議論が十分になされなかったのは大変残念なことです。なぜ、あれほどに成立を急いだのでしょうか。与党は、今後、理解を得るために「丁寧な説明」を果たしていくと述べています。国際情勢や法案に対する適正な理解と、合理的かつ納得の得られる「丁寧な説明」を期待したいと思います。
<参考文献>
『宗教学──ブックガイドシリーズ 基本の30冊』(大田俊寛著、人文書院)
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b194056.html
<関連サイト>
宗教学探究:大田俊寛の研究室
http://gnosticthinking.nobody.jp/
『宗教学──ブックガイドシリーズ 基本の30冊』(大田俊寛著、人文書院)
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b194056.html
<関連サイト>
宗教学探究:大田俊寛の研究室
http://gnosticthinking.nobody.jp/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
トランプ・ドクトリンの衝撃――民主主義からの大転換へ
トランプ・ドクトリンと米国第一主義外交(1)リヤド演説とトランプ・ドクトリン
アメリカのトランプ大統領は、2025年5月に訪れたサウジアラビアでの演説で「トランプ・ドクトリン」を表明した。それは外交政策の指針を民主主義の牽引からビジネスファーストへと転換することを意味していた。中東歴訪において...
収録日:2025/08/04
追加日:2025/09/13
フーリエ解析、三角関数…数学を使えば音の原材料が分かる
数学と音楽の不思議な関係(3)音と三角関数とフーリエ級数
音が波であることは分かっても、それが三角関数で支えられていると言われてもピンとこないという方は少なくないだろう。そこで、その話を補足するのが倍音や周波数という概念であり、そのことを目で確認できるとっておきのイメ...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/09/11
狩猟採集生活の知恵を生かせ!共同保育実現に向けた動き
ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(3)共同保育を現代社会に取り戻す
ヒトは、そもそもの生き方であった狩猟採集生活でも子育てを分担してきた。それは農業社会においても大きくは変わらなかったが、しかし産業革命以降、都市化が進み、貨幣経済と核家族化と個人主義が浸透した。ヒトが従来行って...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/09/14
外政家・原敬とは違う…職業外交官・幣原喜重郎の評価は?
外交とは何か~不戦不敗の要諦を問う(2)外交と軍事のバランス
国際関係においては外交と軍事(内政)のバランスが重要となる。著書では、近代日本において、それらのバランスが崩れていった過程を3つのステージに分けて解説しているが、今回はその中の、国のトップが外政家・原敬から職業外...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/09/12
成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ
経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本
組織のまとめ役として、どのように接すれば部下やメンバーの成長をサポートできるか。多くの人が直面するその課題に対して、「経験学習」に着目したアプローチが有効だと松尾氏はいう。では経験学習とは何か。個人、そして集団...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/10