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DATE/ 2017.07.10

『はじめての英語史』から英語の「なぜ?」を読み解く

英語に関する「なぜ?」「どうして?」

 思い起こすと、英語にはじめて触れたのはいつのことでしょう。中学校に入ってから?それとも、もっと幼いころから?当たり前のことですが、英語は日本語とはルーツの異なる言語です。英語を学んでいて、「どうしてこうなるの?」と不思議に感じたという方も少なくないでしょう。

 たとえば、なぜ、“a apple”ではなく“an apple”になるの?またどうして、“I you love”ではなく “I love you”になるの? などなど……。

 そこは「ルールだから」と言ってしまえばそれまでですが、とくに英語学習を始めた最初のころは、こんな疑問ばかりだったのではないでしょうか。慶應義塾大学文学部教授・堀田隆一氏の著書『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(研究社)では、そんな英語に対する初歩的な「なぜ?」「どうして?」に答えています。

 「英語史」というと聞き慣れないかもしれませんが、英語という言語そのものがたどってきた歴史のことです。英語を学ぶ人の「なぜ?」という疑問は、この「英語史」を解き明かすことで、その答えを見出すことができるのです。

 では、先ほどあげた「なぜ“an apple”なのか」、「なぜ“I love you”なのか」の2つの代表的な疑問について、同書に紹介されている説をご紹介しましょう。

疑問1「なぜ“a apple”ではなく、“an apple”になるの?」

 そもそも、この<a>と<an>の違いは、名詞の前につく不定冠詞の<a>が、母音ではじまる名詞の前では<an>となるという、英語の基礎的なルールによるものです。現在は<a>を使う名詞が圧倒的に多く、<an>に変化すること自体が少数なのですが、実は古い時代の英語では<an>のほうが一般的でした。

 そもそも<an>は、「1つの」を意味する数詞<one>の仲間で、<one>を短く発音したり弱く発音したりした結果、変化した言葉だと堀田氏は解説しています。つまり、古い時代の英語では、「<an>+名詞」が一般的で、<a>は時代が下ってから登場した使い方だったということです。

 それが現在のルールに落ち着いたのは「発音のしやすさ」による要因も大きいのだとか。この「発音のしやすさ」は<a>や<an>だけでなく、さまざまな言葉や文法に影響を与えています。

疑問2「“I you love”ではなく “I love you”になるの?」

 英語を始めてから、文法にとりかかるとき、はじめに学ぶのは主語 (Subject)・動詞 (Verb)・目的語(Object)の順番です。言語によってさまざまな組み合わせがあり、それぞれの頭文字を取って、SVO文型やSOV文型などと呼ばれます。英語の多くはSVO文型ですが、日本語はSOV文型。つまり、日本語では「わたしは(S)あなたを(O)愛します(V)」でも、英語では“I(S)love(V)you(O)”と、単語の順番が変わるのです。

 英語は一見そうした順番に厳格そうですが、実は古い時代にはその順番はもっと自由だったと堀田氏は指摘しています。英語には<I>や<you>、<he>などの人称代名詞が、目的語となった場合、<me>や<yours>、<him>といった具合に変化しますよね。古英語ではもっとたくさんの単語に、それぞれの単語が文章中でどんな役割を担うものなのか、明確に分かる活用形がありました。そのため、単語を聞けば、語順がバラバラでも、何が目的語なのか理解することができたのです。

 しかし、これが次第に簡略化され、語順を整えなくては意味が理解できなくなっていきます。11世紀ころには半々の割合で使用されていたSVO、SOV、それぞれの文型が、何百年もかけて次第にSVO文型の割合が多くなり、16世紀にはSOV文型の使用例は1割にも満たなくなってしまいました。

疑問を解消することで英語をより身近に

 この他にも、同書には「<name>を<ナメ>ではなく<ネイム>と発音する理由」や、「3単現に<s>をつけなくてはいけない理由」、「アメリカ英語とイギリス英語の違い」などなど、さまざまな疑問を解決しています。

 堀田氏は同書の中でこう述べています。

「このような疑問にあまりこだわりすぎると語学学習上能率が悪いので、そのうちに問うことを止めてしまう(中略)しかし、一般に疑問は素朴であればあるほど本質的であり、その答えを知ろうと努力することは、英語のみならず日本語を含めた言語というものを理解するうえで、一見遠回りのように見えて、実は近道なのである」

 今回挙げたような疑問は、英語学習において大きな壁になることはないでしょう。グローバル化が進み、英語が世界の公用語ともいえる時代になった今、こうした疑問はむしろ、瑣末なこと感じる方もいるかもしれません。しかし、そうした小さな疑問こそ、今よりも英語を身近なものにするための、そして言語という存在をより深く理解するための入口なのかもしれません。

<参考文献>
『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(堀田隆一著、研究社)
http://webshop.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-40168-9.html

<関連サイト>
堀田隆一氏のブログ(hellog~英語史ブログ)
http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/

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