社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.12.02

なぜ野球選手の年収はサラリーマンの数百倍にもなるのか

 プロ野球のシーズンオフといえば、気になるのは契約更改です。2018年度セ・リーグの最高年俸は阪神タイガースの糸井嘉男選手4.5億円、パ・リーグには3人の5億円投手も控えています。メジャーはさらにケタが違い、3000万ドル(33.5億円)超えの選手が4人もいるとは、夢のようなお話です。

 現実に帰ると、サラリーマンの平均年収は422万円(国税庁調べ。平成28年分民間給与実態合計調査)。糸井選手の約100分の1ということになります。「なぜ、野球選手はサラリーマンの何百倍も稼げるのか?」という疑問、心のそこからこみ上げてくることがありませんか。

スーパースターかどうかは「リーチの長さ」で決まる?

 この疑問に答えるため、「スーパースターの経済学」という理論を紹介してくれたのが、学習院大学国際社会科学部の伊藤元重教授です。プロ野球選手からIT起業家、果てはギャングまで、一般の給与体系とは異なるありかたについて、少し見聞してみましょう。

 「スーパースター」とはジャンルを問わず、自分の代わりに活躍してくれる存在。海外で活躍する日本人なら、イチロー選手でも錦織選手でも構いません。その人のナイスプレーに接したときに、自分ごとのように喜んで評価してくれる人を世界中に何人持つかによって、スターたちの「リーチの長さ(影響力)」が数えられるという理論です。

 たとえばマスコミを通じて接するイチロー選手のナイスプレーに「100円払っても惜しくない」と思う人が1000万人いるとすれば、それだけで10億円の価値になります。それに比べると、真面目な高校の先生が価値を提供できる相手は、1教室でせいぜい30~40人。お金に換算できない貴重な交流はさておいて、この違いが年俸の違いに反映されているというのが、シカゴ大学の故シャーウィン・ローゼン教授が提唱した「スーパースターの経済学」なのです。

 職業には、外に向けて影響力の広がりを持つものと、そうでない職種があります。前者では、その影響力をプラスした報酬が、成果に加えてカウントされていきます。サラリーマンのわれわれは、自分の影響力の範囲を考えて「暝すべし」というわけでしょう。

ピラミッドの中で頂点を目指す仕組み

 こうしたスーパースターたちの間にも序列はあり、プロのテニスプレーヤーや野球選手の収入は、非常にきれいなピラミッドを描くことが分かっています。たとえばテニスの場合なら、トップの5人が何万人といるプロテニスプレーヤーの総所得の半分以上を稼いでいます。プロ野球の場合、球団で一番稼ぐスタープレーヤーの年俸は、二軍選手全員の給料を総取りしても間に合いません。この格差が、若手にとって競争心の原動力になっていることは言うまでもないことです。

 スポーツは実力の世界だから、と言われるかもしれませんが、同じ傾向はシカゴのギャング集団にも顕著に見られます。下っ端は親と一緒に住まないと暮らせないほどの薄給ですが、ある程度以上になれば会社員や弁護士などバカらしくてやっていられないほどの収入になります。そんなボスにあこがれ、「いつかは自分も」と夢見るのが、普通より劣悪な条件で働き、時にはボスの身代わりとなることも要求される彼らの原動力になっているわけです。

 また現代の格差増大は、IT(情報技術)の影響力を無視しては語れません。従来ならその集団だけの名物だった存在、例えば予備校の「カリスマ」教師がもてはやされ高収入を得るようになったのは、ITで「リーチが長く」なったせいです。

 この点は今後、情報技術の発展によって、どう変わっていくのか。伊藤教授いわく「スーパースターの経済学」はなかなか面白い分野ですし、これからも注目していきたいですね。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

中国共産党と人権問題(1)中国共産党の思惑と歴史的背景

チベット、内モンゴル、新疆ウイグルなど、少数民族に対する深刻な人権侵害をめぐって欧米諸国から強い批判を浴びている中国。しかし、こうした人権問題は今に始まったことではない。中華人民共和国建国の経緯と中国共産党の思...
収録日:2021/10/15
追加日:2021/12/24
橋爪大三郎
社会学者 東京科学大学名誉教授 大学院大学至善館教授
2

プロジェクトマネジメントとは?国際標準から考える特性

プロジェクトマネジメントとは?国際標準から考える特性

プロジェクトマネジメントの基本(1)国際標準とプロジェクトの定義

プロジェクトマネジメントが世界的に普及し始めたのは1990年代。ソフトウェア産業の発展とともに拡大を続け、時代のニーズを受けて多くのシーンに定着してきた。今回は、その基本に立ち返り、国際標準をもとに、プロジェクトと...
収録日:2025/09/10
追加日:2025/12/03
大塚有希子
法政大学専門職大学院イノベーションマネジメント研究科准教授
3

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」という現象は起こるのか。対人コミュニケーションにおいて誰もが経験する理解や認識の行き違いだが、私たちは同じ言語を使っているのになぜすれ違うのか。この謎について、ベストセラー『「何...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/02
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
4

ジャパン・アズ・ナンバーワンで満足!?学ばない日本の弊害

ジャパン・アズ・ナンバーワンで満足!?学ばない日本の弊害

内側から見たアメリカと日本(7)ジャパン・アズ・ナンバーワンの弊害

高度成長のために頑張った日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の評価を得たが、その後の日本企業の凋落、競争力の低下を考えると、その弊害を感じずにはおられない。読書人口が減っている現状をみると、いつのまにか「世界...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/12/01
5

質疑編…司馬遼太郎の「史料読解」をどう評価する?

質疑編…司馬遼太郎の「史料読解」をどう評価する?

歴史の探り方、活かし方(7)史料の真贋を見極めるために

歴史上の出来事の本質を知るには、その真贋を見定めなければいけない。そのためにはどうすればいいのか。記述の異なる複数の本がある場合、いかにして真実を見極めるか。また、司馬遼太郎の作品が「歴史事実」として認識されて...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/12/02