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DATE/ 2017.12.03

パワハラは「強いものいじめ」なのか?

 最近、ハラスメントに関するニュースがよく報じられています。セクハラ、アカハラ、パワハラは代表的ですが、他にもマタハラ(マタニティ・ハラスメント)、スメハラ(スメル・ハラスメント)といったものまで耳にします。

 ハラスメント(Harassment)とは、英語の意味としは「嫌がらせすること」や「悩ませること」という意味。もう少し大きく捉えると、「抵抗が難しい状態の人間に対して、なにかしらの迷惑な行為をすること」といえます。こういう意味では、多くのハラスメントは広義での「パワハラ」かもしれません。

「指導」はパワハラか

 少し前にダウンタウンの松本人志氏がパワハラは「強いものいじめ。教育的指導が出来ない」と発言して話題になりました。賛否両論があったようですが、そもそも「指導」と「パワハラ」の線引きはどこにあるのでしょう。

 仕事の場面で考えてみれば、日本では一般的に、上司は部下を教育する義務を負っています。教育するためには、毅然と言わなければならない場面もあるでしょう。しかし、そもそも日本での上司と部下の関係は「力を持つ人間」と「抵抗が難しい状態の人間」です。上司が指導したつもりでも、この構図では部下が「パワハラを受けた」と申告すれば、それはパワハラになってしまいます。

 このことが、松本氏の言う「強いものいじめ」の本質かと思われます。この日本での上下関係のあり方がすでに、ハラスメントの構図を含んでいるように思われます。

パワハラは日本だけなのか

 ハラスメントはもともと英語ですが、アメリカではそんなに問題にならないということです。例えば、アメリカのホテル業界で働く人の記事によると、上司のいちばん大切な役割は「部のパフォーマンスを最高のものにすること」とのこと。そのためには、部内でハラスメントが起きないようなシステムを作ることも上司に求められる資質、といえるかもしれません。

 日本で評価される上司は、リーダーシップがある、部下のモチベーションを上げる、上役や他の部署とうまく調整できる人間、ではないでしょうか。つまり、統率力と政治力を備えた人材と言い換えることができるでしょう。対して、アメリカでは「システム」を作れる人間、合理的な発想ができる人間が上司に求められるということです。

 アメリカでは問題が放置されればすぐに裁判になります。だからこそ、トラブルを未然に防ぐ、また裁判になっても無策でなかったことを証明できる合理的な対策が必要とされる面もあるでしょう。

「権利」意識の変化

 この日米での上司観の違いは、個人の「権利」に対する意識から生じていると言えるかもしれません。日本では「先輩後輩文化」や、職人的な仕事に「入門」するという考え方があったり、「徒弟制」や「滅私奉公」が美徳とされたりする文化や価値観があります。ある意味、目上を尊重することで、秩序を維持してきたといえるでしょう。個人の「権利」を捨て、上の人間に「庇護してもらう」もしくは「可愛がってもらう」価値観かもしれません。しかし、時代は大きく変化し、人間関係に対してもっとフラットで合理的、かつ主張のある価値観を受け入れてきた部下世代でギャップがあるはずです。

 この急速な時代の変化に対して、松本人志氏のパワハラは「強いものいじめ。教育的指導が出来ない」という嘆きは、ある意味、共感を得ているかもしれません。もちろん「合理性に基づく働き方が正しい」ということではないでしょうし、どんなことでも「ハラスメント」と一括りにするのは問題があります。しかし、時代を遡ることはできません。社会の基本として、「弱いもの」が社会的にも法的にも守られるべきであるという点は、揺るがないのではないでしょうか。

<参考サイト>
・マイナビニュース:松本人志、"強い者いじめ"のパワハラ告発に苦言「お気軽に言うヤツ多い」
http://news.mynavi.jp/news/2017/09/17/060/
・ホテリスタ:労働環境に見る日米の違い
https://hotelista.jp/column/hotel-in-usa/1213048.html
・学校法人大阪医科大学:ハラスメントの定義
http://www.osaka-med.ac.jp/deps/jinji/harassment/definition.htm
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授