テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.02.17

「手の洗いすぎは良くない」ってホント?

 風邪やインフルエンザにもっとも有効な予防法は「手洗い・うがい」だといわれています。しかしやりすぎてしまうとかえって風邪を引きやすくなる……などという話もちらほら。果たして本当のところはどうなのでしょうか。

「洗いすぎ」は肌を乾燥させ、病気のもとになる

 東京医科歯科大学の名誉教授で感染免疫学が専門の藤田紘一郎氏は著書の中で、過度の手洗いは感染症にかかりやすい状態を招くと断言しています。

 人間の皮膚は「皮脂膜」という膜で覆われています。病原体の侵入を防ぐバリアといっていいでしょう。その皮脂膜をつくっているのが、皮膚に常に存在する「皮膚常在菌」です。実は石けんを使った一回の手洗いで、皮膚常在菌の約90%が洗い流されてしまうといわれています。

 皮膚常在菌は12時間後に元の数に戻るものの、その間に何度も石けんで手洗いをしてしまうとバリアがない状態が続きます。結果、病原体が容易に侵入しやすくなるのです。

 石けんで手をよく洗っていたらカサついた、という経験をした人は多いのではないでしょうか。手肌の乾燥は、感染症を防ぐバリアが失われている証拠です。

 ある医薬品メーカーによれば、肌荒れを起こしている肌には、荒れていない肌にはなかった黄色ブドウ球菌(食中毒菌)が1300個ついていたそうです。

 そこで、藤田氏によれば、手洗いは「流水で10秒間洗い流す」程度で十分だそうです。石けんで手を洗い慣れている人にとっては抵抗があるかもしれませんが、何かに触るたびに手を洗ったり、必要以上にゴシゴシと洗ったりといったやり方は見直すべきかもしれませんね。

「弱酸性」や「薬用」石けんは有効なのか

 「手肌に近い成分=弱酸性」というイメージから、弱酸性の石けんやシャンプーが人気です。「なんとなく良さそう」と手に取る方も多いでしょう。

 確かに皮脂膜は弱酸性です。しかしたとえ弱酸性の石けんでも、洗うことにより皮膚常在菌や皮脂そのものをはがしてしまっていると藤田氏は指摘しています。

 また「薬用」や「抗菌」、「殺菌」という表示についても、従来の石けんよりも効果があるかどうかは実証されておらず、科学的根拠はないのが実情です。

清潔すぎる環境が体を弱くする

 あちこち除菌スプレーをまいたり、ウォシュレットでお尻を洗ったり……日本人は、世界が驚くほどキレイ好きです。最近は子どもたちの遊び場だった砂場も「汚い」といって遠ざける親が多くなったと耳にします。

 しかしこうした「無菌」を追求する志向に警鐘を鳴らす研究者は少なくありません。菌に触れる機会を減らそうとすればするほど免疫力は失われ、感染症にかかりやすくなってしまうと考えられているからです。昔はなかったはずの花粉症や、アレルギーを持つ子どもが急増しているのも、清潔すぎる環境が招いた結果だといわれています。強い体をつくるためには清潔に気を遣うよりも、まず免疫力を高めることのほうが大切なのです。

食べ物で免疫力を高めよう

 体の免疫力の約7割をつくっているのが、腸の菌です。そのため、藤田氏は以下のような腸の菌の働きをよくする食品を摂ることを勧めています。

<免疫力を高めるのに効果的な食品例>
・硬水
・全粒穀物(玄米、五穀米、十割そばなど)
・ネバネバ食材(山芋、めかぶ、モロヘイヤなど)
・発酵食材(味噌、ヨーグルトなど)
・海藻類(わかめ、昆布など)
・豆類
・イモ類
・キノコ類 など

 健康のため、これらの食材をたっぷり食べるよう心がけましょう。

むやみに恐れないことが感染症から守る第一歩

 いかがでしたか?

 「手の洗いすぎ」をはじめとする潔癖思考は、かえって体を弱くする環境をつくりがちだということがお分かりいただけたかと思います。

 人と共存する菌への理解を深め、むやみに恐れないこと。それが本当の意味で、自分や家族を感染症から守る第一歩といえるのかもしれませんね。

<参考サイト>
・『手を洗いすぎてはいけない 超清潔志向が人類を滅ぼす』(藤田紘一郎著、光文社新書)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『2001年宇宙の旅』が現実になる!?カギは宇宙医学

『2001年宇宙の旅』が現実になる!?カギは宇宙医学

未来を知るための宇宙開発の歴史(14)宇宙開発は未来をどう変えるか

宇宙開発はわれわれ人間の生活のあらゆる分野に密接に関わっている。具体的に何が、どのように、われわれの暮らしを支えてくれているのだろうか。また、そう遠くない未来に多様な目的地に向けて往復する宇宙飛行も実現するかも...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/10/26
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
2

正直とは何か――絶対的存在との信頼関係の根幹にあるもの

正直とは何か――絶対的存在との信頼関係の根幹にあるもの

徳と仏教の人生論(2)和合の至りと正直

『書経』を研究する中で発見した真理について理解を深めていく今回。徳は天をも感動させる力を持ち、真の和合は神を動かす。そして、宇宙は人間のように、また人間も宇宙のように構成されており、その根底には「正直」がある。...
収録日:2025/05/21
追加日:2025/10/25
3

ショパン…ピアノのことを知り尽くした作曲家の波乱の人生

ショパン…ピアノのことを知り尽くした作曲家の波乱の人生

ショパンの音楽とポーランド(1)ショパンの生涯

ピアニスト江崎昌子氏が、ピアノ演奏を交えつつ「ショパンの音楽とポーランド」を紹介する連続シリーズ。第1話では、すべてのピアニストにとって「特別な作曲家」と言われる39年のショパンの生涯を駆け足で紹介する。1810年に生...
収録日:2022/10/13
追加日:2023/03/16
江崎昌子
洗足学園音楽大学・大学院教授 日本ショパン協会理事
4

やればできる!再生可能エネルギーのポテンシャル高い日本

やればできる!再生可能エネルギーのポテンシャル高い日本

産業イニシアティブでつくるプラチナ社会(2)再生可能エネルギーの可能性と経済性

持続可能な日本社会をめざす「プラチナ社会」の構想。その実現に向け2024年12月に設立されたのが再生可能エネルギー産業イニシアティブで、これは再生可能エネルギーで国内の電力を賄おうというものだ。AI技術の普及などで今後...
収録日:2025/04/21
追加日:2025/10/23
小宮山宏
東京大学第28代総長 株式会社三菱総合研究所 理事長 テンミニッツ・アカデミー座長
5

中国でクーデターは起こるのか?その可能性と時期を問う

中国でクーデターは起こるのか?その可能性と時期を問う

クーデターの条件~台湾を事例に考える(6)クーデターは「ラストリゾート」か

近年、アフリカで起こったクーデターは、イスラム過激派の台頭だけではその要因を説明できない。ではクーデターはなぜ起こるのか。また、台湾よりも中国のほうがクーデターが起こる可能性はないのか。クーデターは本当に「ラス...
収録日:2025/07/23
追加日:2025/10/18
上杉勇司
早稲田大学国際教養学部・国際コミュニケーション研究科教授 沖縄平和協力センター副理事長