テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
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DATE/ 2018.04.20

「熟成肉」衛生管理の怪しい実態とは?

 ここ数年、食のブームと聞いて思い出すものといえば「熟成肉」ではないでしょうか。驚きの美味さと評判だとか。そうかと思えば、ファミレスや牛丼店まで熟成肉使用を謳い出して、そんな簡単にできるものなんだろうかと首を傾げてもいます。

 そんなブームの影で、「ちゃんとした美味い熟成肉を出しているのは一部のレストランだけ、下手なところでは名ばかりの腐りかけの肉が出てきて危ない」なんて噂もちらほら…スタッフのなかではお肉大好き人間であるため是非味わってみたいと思っていたのですが、実際のところどうなのでしょう。

熟成肉ってどんなもの?

 そもそも熟成肉とはどういったものかと説明できる人はあまり多くないのではないでしょうか。主に使われるのは牛の赤身で、生肉を一定期間寝かせておくことで旨味や甘み、香りなどを高めたものが熟成肉と呼ばれていますが、実は明確な定義があるわけではないのです。

 主な製造法としてはドライエイジングが有名です。欧米で一般的で、日本には2008年頃にやってきました。生肉を温度・湿度の管理された保管庫で風を当てながら乾燥させ、熟成していくうちに肉の表面は固くなりカビに覆われてしまいますが、それが他の菌を寄せ付けないため腐ることなく美味しく発酵してゆくのだとか。当然、食べる時には周囲を削って綺麗なままの中身を食べます。手間暇もかかる上に食べられる部位が減ってしまったぶん、味わい深いリッチな食材となっているようです。

 その後、日本では、布などで肉を包み乾燥を抑えながら低音で熟成させるウェットエイジング法が広まってきており、レストランなどでよく用いられていると言われています。他にも、風は当てずに冷蔵庫に吊るしておく「枝枯らし」など、さまざまな技法があるようです。

言ったもん勝ち?寝かせておいたら熟成肉なのか

 このようにさまざまな手法で作られる熟成肉ですが、「さまざまな」というところに落とし穴があります。上でも述べましたが、熟成肉には「かくあるべし」という基準も法も用意されておらず、それこそ肉を寝かせておく期間から、カビに覆われた部分をどれくらい削ぎ落とすか、製造環境、衛生管理の設定も各店でばらばらに決められているのが現状です。

 ただでさえ時間の経った肉を食べるのに、カビまで使うのに大丈夫でしょうか?数年前のブームからわれもわれもと「熟成肉あります」の看板を掲げているお店が増えていくことに行政も業界も懸念していたようです。2016年、農林水産省は「ドライエイジングビーフ」について明確な基準を設けるかどうか検討に入りました。定義がないために生じるリスクについて、熟成肉を取り扱うレストランや食肉業者からも、明確なガイドラインや熟成肉の定義をはっきり決めてほしいと求める声があがっています。

 また、2017年末に発表された東京都の実態調査報告では、現状では熟成肉の製造条件は業者ごとに異なっていて、「同じ熟成法の施設は一つもなかった」と判明しました。確かに「食」という文化は高度な職人、調理師の技で成り立っている面が多々あります。けれども、流行に乗っただけの安全性の保障できない「熟成肉」を出す店もあるかもしれないのでは怖いですよね。怖いといえば、調査報告によれば、ドライエイジングビーフは生食できると誤った認識を持った事業者もあったとか……。

ウェットエイジングならば安全?家庭の冷蔵庫でも作れる?

 ではウェットエイジングならば安全、とも言えないようです。工程で表面のどこかに食中毒菌がついてしまうと、包まれている間に肉の奥まで広がってしまう可能性もあるそうです。そうなってしまえば表面を焼いたところで食中毒は避け難くなってしまいます。

 また一時期、家庭の冷蔵庫で熟成肉を作って成功したと喧伝したネットニュースが話題になったこともあるそうですが、プロの目から見れば危険極まりないと警告が出ています。ひとつに、家庭用の冷蔵庫ではとてもではないが低温を保ったままでの管理ができないこと。二つ目に、どんなに頑張って綺麗にしてみたところで家庭用の冷蔵庫は雑菌が繁殖していて衛生面からも危ないとのことでした。

業界の希望の星となるか、エイジングシート

 なんだか「熟成肉」の迷走ばかり聞えてくるみたいですが、良いニュースも入っています。株式会社フードイズムと明治大学の共同研究開発により、ウェットエイジングにもっと簡単で安全にとりくめる「エイジングシート」なる製品が開発されました。

 肉を包むための布にあらかじめ優良菌の胞子を含ませておくことで、他の菌が増えるよりも先に優良菌を生育させられるようにしたものだそうです。これにより寝かせておく期間がグッと短くなり、削ぎ落とさなければならない部分も少なくできるとして、効率的かつコストパフォーマンスも良くなると注目が集まっています。

 おいしい肉料理と食中毒と聞くと、牛のレバ刺しやユッケが禁止されたのを思い出す方も多いのではないでしょうか。熟成肉という魅惑的な食材も、ガイドラインを早々に設け、安全に舌鼓が打てる日が来るのを期待したいですね。

<参考サイト>
・農林水産省:平成27年度JAS規格化委託事業
http://www.maff.go.jp/j/jas/pdf/jasjigyo_houkoku_h27.pdf
・東京都:いわゆるドライエイジングビーフの衛生学的実態調査
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/hyouka/files/29/joho2/08_shiryo2-3.pdf
・明治大学:[共同リリース]~明治大学との産学連携事業による日本初の新製造技術~安全でかつ迅速な発酵熟成肉を製造することができる発酵熟成肉製造技術「エイジングシート」を開発いたしました
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/2017/6t5h7p00000pc9ft.html

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