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DATE/ 2018.08.13

高齢化社会の原因と対策を考える

重層的な高齢化社会の原因

 今や、「高齢化先進国」とまで言われるほど高齢化が進んでいる日本ですが、高齢化社会の問題は世界においても、少なくとも先進国の間では共通の問題です。もちろん、その原因はさまざまに考えられるのですが、大きな歴史的観点からみれば、文明の発達により人類がその日一日を生き延びることに必死だった時代を終え、飢餓から脱出したこと、またさまざまな医療技術、制度の進化が挙げられるでしょう。

 加えて、寿命の延伸だけでなく、後に続く世代数の減少、すなわち未婚化・少子化も結果的に高齢化社会の原因となっています。少子化については、世界的な傾向からいえば避妊の確実性が高まったことも一因であるとされています。また、未婚化については特に先進国では生涯独身でいてもさほど困らずに生活できるサービスやシステムが整っていることなどが原因の一つと言われています。衣食住の各分野で充実している代行サービスを駆使すれば、メンタル面はともかくとして実生活で困ることはほとんどないというのが実情です。

 また、日本では改善策が議論されているとはいえ、女性が出産、育児を経て仕事を続けていくことにまだ困難が多く、したがって結婚、出産を控える人が多いということも原因の上位を占めているようです。他にも、男女共に所得格差の問題で結婚に踏みきれない人も多いなど、一口に「高齢化社会」の問題といっても、実に原因は重層的になっています。

発想の転換で高齢化社会対策を考える

 原因が重層的であるだけに、その対策も多方面から検討しなければなりません。医療や社会保障制度の見直し、またこれらの問題に直結する財政赤字再建といった抜本的構造改革は必須であり急務です。加えて、ちょっと発想を転換して、「高齢化社会」を困ったこと、厄介な問題としてのみ捉えるのではなく、元気なシニア層による「新しい社会像創造のチャンス」と、捉えることも必要なのではないでしょうか。

 実際に、高齢者が自立して、かつ社会とのつながりも維持していける生活の実現を目指し、具体的なプロジェクトが推進されています。東京大学高齢社会総合研究機構特任教授秋山弘子氏を中心とした、千葉県柏市における長寿社会のまちづくりの試みです。

新たなコミュニティー構想

 高齢化社会対応のまちづくりの舞台として選ばれたのは、典型的な郊外のベッドタウン千葉県柏市の駅から徒歩15分ほどのところにある豊四季台団地です。築50年ほどのこの団地は居住者の約40パーセントが高齢者という、いわば近未来の日本社会の縮図であり、実験的プロジェクトの推進には格好のモデルというわけです。

 秋山氏たちのチームは、まず老朽化した5階建て団地の建て替えからスタートしました。10~14階建ての高層ビルにして、もちろんエレベーター完備、バリアフリー対策も万全です。画期的なのは、建物を個別の居住空間の集合体としてではなく、今後そこに出現する新たなコミュニティーの拠点として構想したことです。

 例えば、建物の高層化によって生まれた空き地を利用して、高齢者施設を新設することを考えました。団地の真ん中に在宅医療の拠点や皆が集まって食事ができるコミュニティー食堂を提案。一人暮らしの若い人も食堂を利用できるので、そこで自ずと多世代間の会話が生まれるということも期待できます。「高齢者施設」というよりコミュニティー全体のダイニングルームという発想です。当然のことながら、介護施設やサービス付きの高齢者住宅も構想に含まれています。

就労プロジェクトと二人三脚で推進

 また、このプロジェクトのモットーが、高齢者の自立期間の延長を目指した「全員参加・生涯参加」であることも特徴の一つです。弱者を保護するだけでなく、今持っている力を衰えさせない、できるだけ長い間活用していく、ということです。そのため、秋山氏は高齢者向け施設といったハードウェアだけでなく、セカンドライフの就労プロジェクトも並行して始めたと言います。仕事はリタイアしても、なんらかの仕事を続けたいという意志を示す人が非常に多いからです。それはあながち経済的事情によるものばかりでもなく、いくつになっても社会の一員でありたい、という気もちの表れのようで、そのため秋山氏らは団地から通いやすいところに、多くの仕事場を創出しようと計画しているそうです。

 今後は、高齢者を「弱者」に留めるのではなく、今もつ力を最大限に活用する、そしてその期間をできるだけ長くする、といった超高齢化社会日本ならではの試みが、積極的に行われていくことに期待したいと思います。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授