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DATE/ 2018.09.14

太平洋戦争を知らない若者に語り継ぐ戦争の記録

 東京都江東区、東京メトロ・都営地下鉄新宿線「住吉」駅と都営地下鉄新宿線「西大島」駅の間に、東京大空襲・戦災資料センターはあります。この地は1945(昭和20)年3月10日未明の東京大空襲により灰塵と帰した東京下町デルタ地区の一角にあります。

 世界でもまれな、民立民営の空襲博物館は、どのような想いのもとに出来上がり、今後どのようにして受け継がれていくのでしょうか。

館長は空襲体験者。その記録を日本中から集めてきた

 東京大空襲・戦災資料センターのセンター長を務める早乙女勝元氏は、1932(昭和7)年生まれ。12歳のときに大空襲を体験し、20歳であらわした「下町の故郷」が直木賞候補となった作家です。

 反戦・平和を生涯のテーマとしてきた早乙女氏が「東京空襲を記録する会」を結成したのは1970年のこと。終戦後25年が経過し、このままではあの体験が風化してしまうのではないかとの恐れのもと、自分一人の筆力では空襲の悲惨さを訴えるのに限界があると知り、組織的な運動の必要を感じたからだと言います。

 国家が主導した太平洋戦争において、なぜあれほどの市民が、生活や生命までも犠牲にしなければならなかったのか。罹災者は100万人を超え、推定10万人もの尊い命が失われています。東京都民の立場に立った『東京大空襲・戦災誌』はやがて全5巻の書物となり、菊池寛賞を受賞しました。

 理不尽な思いは全国に広がり、日本中で無名の市民が空襲を記録する会の活動が活発化すると、早乙女氏は『日本の空襲』全10巻(三省堂)の編集にも力を尽くします。

4000人以上の善意で落成した東京大空襲・戦災資料センター

 「民間人の悲劇を民間人の手で」。早乙女氏たちの思いは実を結んだように思えましたが、空襲を体験した人が次々に他界していくとともに、活字離れの時代がやってきました。

 集まった資料を活用して、ミュージアムができないかと考えた早乙女氏らは募金活動に乗り出します。4000名を超える人々の募金が集まるなか、土地を無償提供するという篤志家が現れ、東京大空襲・戦災資料センターが落成したのは2002年のことでした。

 しかし、それはまだ資料を収める外形が整ったに過ぎません。早乙女氏らは第二期の募金に乗り出し、2007年に増築を実現、ようやく修学旅行生たちが100人は入れる会場を準備できたのです。

体験者が絶えても語り継ぎのやまない施設を

 早乙女勝元氏は、現在86歳。これまでに100冊以上の著書をあらわし、子どもや女性のような弱者が犠牲になっていく戦争や空襲の悲惨さ、平和の大切さを伝えてきました。

 戦争や空襲の語り部が減った現在では、同じ問題を抱える沖縄県の「ひめゆり平和祈念資料館」などと知恵を寄せ合って、展示や体験の方法に工夫を凝らし、リニューアルに努めています。

 この資料館は若い世代に「太平洋戦争なんて知らない」「空襲なんて知らない」と言われないような、語り継ぎのやまない施設を目指しています。いざ戦争がやってくると真っ先に犠牲になる社会的な弱者のために、いつまでも絶やしてはいけない、世界に誇るミュージアムです。
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