テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.11.16

街の寂れた「美容室」はなぜ潰れないのか?

 東京の四谷、青山、表参道などに店舗を展開していた人気美容室・ヘアーディメンションが、東京地裁から破産開始決定を受けたのは2017年4月12日のこと。40年以上続いた老舗で、オーナーの飯塚保佑さんは松田聖子さんのヘアスタイルをモデルにした「聖子ちゃんカット」の生みの親。近年はカリスマ美容師ブームの火付け役にもなった有名店ですが、人気美容師の独立が相次いだことや格安美容室の進出に苦しみ、破産直前には実質休業状態になっていました。

大手が破産する時代でも潰れない謎の美容室

 このような人気店でも破産する時代なのに、なぜか潰れない美容室、ありますよね。レトロといえば聞こえがいい、店名や電話番号がかすれた看板に古びたドアや窓の店構えで、営業していないのかと思いきやたまにお客さんがいるけど、働いているのは年配の美容師さん一人きり...そんな潰れそうなのに潰れない美容室は全国津々浦々に存在します。

 厚生労働省の調査によると、2016年の日本全国の美容室店舗数は約24万3千店舗。日本フランチャイズチェーン協会が発表した2017年の日本全国のコンビニ店舗数は約5万8千店舗なので、美容室のほうがコンビニより約4倍も多い計算になります。当然ながら競争が激しく、開店して1年以内に約60%、3年以内には約90%が潰れてしまうとか。こんな厳しい業界で、潰れそうな美容室はなぜ潰れずに生き残っているのでしょうか。

潰れそうで潰れないからくり

 潰れそうな美容室が「潰れそう」に見える大きな要因は、お客さんがほとんど入っていないからといえます。しかし実は、ここが大きなポイントなのです。潰れそうな美容室を利用するお客さんは、何年も通っている常連中の常連ばかり。お客さんの数が少なくても途切れることはないので、常連客への施術のみで経営しているうちに潰れそうで潰れない美容室になります。

 もちろんお店を経営するからには収益を出さないといけませんが、このような美容室はたくさんのお客さんを集めて多くの利益を上げるより、徹底的にコストカットして無駄をなくすことを重視しています。特に髪は老若男女問わず定期的に切ったり染めたりする必要があるので、カラー剤などの消耗品を発注するタイミングや数の予測が立てやすく、在庫を抱える心配がありません。このような美容室は飛び込みでカラーやパーマをお願いすると断られることが多いですが、その理由は常連客に合わせて必要な分しか薬剤を仕入れていないからなのです。

 またこのような美容室は美容師さんの持ち家や持ち物件であることが多く、従業員も年配の美容師さんひとりで問題なく回せるので、家賃や人件費がかかりません。しかもスタイリング椅子やシャンプー台などの初期設備さえ整えれば、あとはきちんとコストカットしている消耗品しか必要にならないので、お店のランニングコストはかなり低く抑えられます。美容室の施術はカットだけでも数千円、カラーやパーマなどもお願いすると1万円を超えるという客単価が高めのサービスなので、お客さんが少なくても常連客を抱えていれば安定した経営が成り立つのです。

安さを売りにする必要はない

 近年はいわゆる「1000円カット」と呼ばれる格安美容室が広まって、ヘアーディメンションのような有名店でも経営を脅かされるようになりました。しかし安いお店は美容室に限らず、安さにしか引かれていないお客さんが集まりやすいため他のリッチなサービスに誘導しにくく、結果的にリピーターにならない傾向があります。新規客の獲得は大切ですが、それはのちのリピーターにするため。1回限りの新規客を格安で集めても利益は上がらないまま、先細りになって閉店に追い込まれてしまいます。

 これに対して潰れそうな美容室は格安美容室が誕生する何年も前から常連客を抱えているので、いまさら新規客を必死に集める必要はありません。しかし「料金が高めのままだと格安美容室に流れてしまう常連客もいるのでは」という疑問を抱く方もいるかもしれませんね。この点に関しては、美容室経営のコンサルティング企業であるミナトのアンケート結果が参考になります。

 「どうしてあなたはその美容室を選ばれたのですか」という質問への回答に、「親しみやすい」、「気持ちいい雰囲気」、「大切にしてくれる」などの言葉が並んでいるのです。顧客が最も求めているのは安さや最新技術ではなく、親しみの持てる美容師と居心地のいい空間といえるでしょう。潰れそうな美容室は常連のために営業しているので、常連が気持ちよく通えるのは当然のこと。格安の美容室があっても、潰れそうな美容室を切り捨ててまで流れる可能性は低いのです。

 潰れそうで潰れない美容室は美容師さんから見れば安定した経営が可能で、お客さんから見れば居心地のいい場所になっており、まさにウィンウィンの関係といえるでしょう。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

マネへの強烈なライバル意識…セザンヌ作品にみる現代性

マネへの強烈なライバル意識…セザンヌ作品にみる現代性

作風と評論からみた印象派の画期性と発展(1)セザンヌの個性と現代性

印象派の最長老として多くの画家に影響を与えたピサロ。その影響を多分に受けてきた画家の中でも最大の1人がセザンヌだが、その才覚は第1回の印象派展から発揮されていた。画面構成や現代性による解釈から、セザンヌ作品の特徴...
収録日:2023/12/28
追加日:2025/07/10
安井裕雄
三菱一号館美術館 上席学芸員
2

AI時代の「真のリアル」は文芸評論の練達の手法にあり!

AI時代の「真のリアル」は文芸評論の練達の手法にあり!

編集部ラジオ2025(14)なぜAI時代に文芸評論が甦るのか

どんどんと進む社会のAI化。この大激流のなかで、人間の仕事や暮らしの姿もどんどん変わっていっています。では、AI時代に「人間がやるべきこと」とはいったい、何なのでしょうか? さらにAIが、驚くほど便利に何でも教えてく...
収録日:2025/05/28
追加日:2025/07/10
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア
3

なぜ思春期は大事なのか?コホート研究10年の成果に迫る

なぜ思春期は大事なのか?コホート研究10年の成果に迫る

今どきの若者たちのからだ、心、社会(1)ライフヒストリーからみた思春期

なぜ思春期に注目するのか。この十年来、10歳だった子どもたちのその後を10年追跡する「コホート研究」を行っている長谷川氏。離乳後の子どもが性成熟しておとなになるための準備期間にあたるこの時期が、ヒトという生物のライ...
収録日:2024/11/27
追加日:2025/07/05
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長
4

正岡子規と高浜虚子の論争、その軍配と江藤淳暦年のテーマ

正岡子規と高浜虚子の論争、その軍配と江藤淳暦年のテーマ

AI時代に甦る文芸評論~江藤淳と加藤典洋(3)正岡子規と高浜虚子の「リアリズム」

正岡子規の死後、高浜虚子が回想で述べた師・子規との論争。そこに「リアリズムとは何か」のヒントが隠されていると江藤淳氏は言う。子規と虚子、それぞれの「リアル」とは何か、そしてどちらが本当の「リアル」なのか。近代小...
収録日:2025/04/10
追加日:2025/07/09
與那覇潤
評論家
5

グリーンランドに米国の軍事拠点…北極圏の地政学的意味

グリーンランドに米国の軍事拠点…北極圏の地政学的意味

地政学入門 ヨーロッパ編(10)グリーンランドと北極海

北極圏に位置する世界最大の島グリーンランド。ここはデンマークの領土なのだが、アメリカの軍事拠点でもあり、アメリカ、カナダとヨーロッパ、ロシアの間という地政学的にも重要な位置にある。また、気候変動によってその軍事...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/07/07
小原雅博
東京大学名誉教授