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DATE/ 2020.04.27

なぜ日本人は「貯金」が好きなのか?

 日本が世界でも有数の「貯金好き」な国であることはご存知ですか。経済協力開発機構(OECD)の2016年の統計によると、家計金融資産のうち現預金の比率が、日本は34位で52.4パーセントでした。

 ワーストは38位のトルコで76.2パーセントで圧倒的ですが、たとえばアメリカは13.1パーセント、スウェーデンは13.5パーセント、カナダは21.1パーセントとなっており、これを見ると日本がどれだけ現預金の比率が高いかがわかると思います。なぜ日本人は貯金が好きなのか。歴史もさかのぼりながら、検証していきます。

ボーナスは何に使いますか

 日本人の「貯金好き」がよくあらわれているもうひとつのデータを紹介します。消費者庁の発表している物価モニターの調査結果(平成30年12月)によると、「今冬のボーナスについてどのように使う予定か」を聞いたところ、「貯蓄」と回答した割合が最も高く、なんと48パーセントでした。ついで「ローンの支払」が18.5パーセント、「教育関連費」が17.7パーセント、さらに「旅行」「家電など」と続きます。

 投資は広い意味で捉えれば、資産運用だけなく、「将来の利益のためにコストをかける」ことを意味します。教育費、旅行、服や本を買うなど趣味にお金を使うことも広い意味では投資と言っていいでしょう。「貯蓄」も、子どもの養育費など目的次第では将来への投資と言えます。

 しかし、目的をもたず、投資意識がなく、「将来が不安だから」とか「漠然と」貯金をしているとしたら、そこからは何も生み出されません。

バブルの崩壊が影響している?

 海外の国々と比べて日本人は家計金融資産のうち現預金の比率が突出して高いことは冒頭に示したとおりです。日本人の「貯金好き」というメンタリティに拍車をかけた出来事として、遠くない過去にその答えを求めるとしたら、バブルの崩壊が挙げられます。

 そもそも、なぜ貯金するのか。シンプルに考えれば、貯金以外に安心して資産を形成する方法が分からないからではないでしょうか。資産形成を促す目的で金融庁が老後に公的年金以外に2000万円が必要だと発表した「老後2千万円問題」しかり、いくら呼び掛けても日本人が投資に及び腰なのは、バブル崩壊というトラウマが少なからず関与しているとともに、信用できる資産形成の方法が見出せないからではないでしょうか。

 ただし、バブル崩壊後もあいかわらず土地に対する信用は消えていないようです。

日本人の「土地好き」

 2019年10月にNHK「クローズアップ現代」では「過熱する不動産投資に異変!賃貸住宅ビジネスの深層」という特集が組まれました。日本人は投資全般には消極的なわりに、不動産投資には比較的安易に手を出してしまう傾向があります。これはなぜなのか。そこには土地信仰という歴史的に根深い問題が横たわっているようです。

 ここでは詳しくは述べませんが、歴史家の司馬遼太郎は『土地と日本人』(司馬遼太郎著、中央公論社)という本で、土地問題が日本の最大の病根であることを指摘し、憂えています。バブル崩壊も土地問題の一つです。

 ただし、別の視点から捉えると、日本人はもしかすると、土地のように信用できる投資財があれば、それほど貯金に固執することはないのかもしれません。「貯金が好き」「土地好き」というよりも貯金や土地以外にチョイスがないのでしょう。

「江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ」とは?

 歴史をさかのぼると、日本人はお金に対してちょっと変わった感覚を持っていました。『日本問答』(田中優子・松岡正剛著、岩波書店)によると、中世に宋の貨幣が入ってくると、お金をもつことは「銭の病」と言われ嫌われたそうです。そのため、たんに貯蓄が多いことを「富」とは必ずしも考えませんでした。

 また、面白いことに日本語の「支払う」という言葉は、ケガレを「お祓い」するという仕組みの中から生まれてきたのだそうです。「しはらい」と「おはらい」が通じているとは驚くべきことではありませんか。

 江戸時代、江戸っ子の気前のよさをあらわす言葉に「江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ」があります。これは貯蓄することを潔しとせず、その日に得た金はその日のうちに使ってしまうというものです。今でも日本人は露骨にお金の話をするのは恥ずべきこととして嫌がります。このようなお金に対する忌避意識と、現代の投資に消極的な態度は無関係ではないでしょう。

「貯蓄好き」と「貯蓄ゼロ」

 かつて日本には「講」という相互扶助システムがありました。これは今後の日本人の投資のゆくえを考えるうえでヒントになるでしょう。今でも山梨県には「講」のしくみが、「無尽」という言葉で生活に浸透しています。

 「無尽」は特定のメンバーで集まって食事や飲み会をすることです。言ってしまえば、ただの飲み会なのですが、その時にお金を出しあって積み立てることがあります。これはかつて「無尽講」と呼ばれていた互助扶助の民間金融制度の名残なのです。

 このように困ったときに仲間同士でお金を融通しあう小さな仕組みが山梨に限らずかつては日本中にありました。貯蓄や不動産投資ではなく、日本人が「信用」できる投資先とはそういうものでした。

 「貯蓄好き」と言われる反面、「貯蓄ゼロ」の世帯が多いことが問題視されています。そういう意味では年金制度は「相互扶助」の仕組みでしたが、「年金だけでは老後は厳しい」「貯金だけでなく投資をしよう」という発想とはまた別の観点から、老後を支えあう仕組みを検討することも必要でしょう。

<参考サイト・参考文献>
・人生100年時代における資産形成│金融庁
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market_wg/siryou/20190412/03.pdf
・平成30年12月物価モニター調査結果(速報)│消費者庁
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/price_measures/pdf/price_measures_181219_0002.pdf
・無尽会の存続を│公益財団法人 山梨総合研究所
https://www.yafo.or.jp/2009/01/09/3313/
・『日本問答』(田中優子・松岡正剛著、岩波書店)
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