テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2020.06.01

再評価されつつある「明智光秀」の人間像

 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公として注目を集める明智光秀ですが、その注目のされ方は、これまでのような「稀代の反逆者」「三日天下のあわれな裏切り者」といったイメージとは少々違うようです。静岡大学名誉教授の小和田哲男氏に、再評価されつつある明智光秀の人間像について伺いました。

なぜ、光秀は「本能寺の変」を起こしたのか

 明智光秀が武将としての実力に加え、豊かな教養といった面でも主君・織田信長に評価されていたことは、わりとよく知られていることです。信長が光秀の才を認めていた証拠に、光秀は坂本城という新しい城だけでなく、その周りの領地・滋賀郡も与えられたことが挙げられます。光秀は、多くの織田家家臣の中から年功序列とか門閥主義を飛び越えて、信長から単なる「城主」という名の城番としてではなく、辺り一帯を治める文字通りの「一国一城の主」として認められたのです。

 では、家臣の中でも重用されていた光秀がなぜ「本能寺の変」を起こしたのでしょう。いくつかの仮説の中で、古くから言われているものに、信長のパワハラに対する「怨恨説」があります。司馬遼太郎の『国盗り物語』でも、そうした信長と光秀の間の心の溝が深まっていく様子が描かれていますが、小和田氏は怨恨だけであれだけの大事を起こすようなことはないだろう、と言います。同じく、光秀に天下取りの野望があったという説も、決定的な理由としては考えにくいでしょう。

 さらには、将軍家や豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)、徳川家康などにそそのかされてという「黒幕説」、長宗我部元親との約束を信長が反故にしたことによる「四国問題説」など諸説があるのですが、小和田氏は複数の要因が積み重なって反旗を翻すにいたったのだろう、と見ています。

 さまざまな面で、信長の非常識、非道ともいえる振る舞いに「待った」をかけるべきだと判断した。いずれにしても、熟慮に熟慮を重ねての「本能寺の変」だったのでしょう。

非情と慈しみを併せ持った為政者として再評価

 結果的には光秀は、本能寺の変の後、すぐに秀吉との戦いに敗れ、落ち武者狩りで命を落としてしまいます。以降、長らく光秀といえば、「反逆者」「裏切り者」の代名詞とされてきました。しかし、光秀の信長に対する反旗は、戦国時代に典型的な、いわば下剋上の一つととらえることもできます。その後、江戸時代儒教的な武士道徳が浸透したがゆえに、主への忠誠をひっくり返した光秀が「極悪人」のレッテルを貼られたのだ、と小和田氏は分析しています。安泰な幕藩体制を望む江戸幕府にとって、光秀のような変革者は悪以外の何物でもなかったのでしょう。

 ですが、その光秀が近年、すぐれた為政者として再評価されつつあるのです。と言っても彼が単なる心優しい領主であったわけではありません。光秀は、天正7(1577)年に信長の命によって丹波攻めを行い、丹波の平定に成功しているのですが、実は皆殺しの戦いを繰り広げるなど、目的遂行のためにはかなり手厳しいこともしていたのです。比叡山延暦寺の焼き討ちもかなり積極的に関与した、という史料も残っています。しかし、いざ目標を達成すると、その後は領民を思い「撫民」ともいわれる良政を行い、「地子免除」といって税金を免除するなどということもしました。

 やるべきことは非情と思われようとも徹底的にやり抜く。その後は思いやりをもって守るべき人たちのために心をくだく。その時々の状況を踏まえて適切に判断し実行するリーダー、このような人間像が今、新たな明智光秀の評価につながっているのです。

 コロナ禍により大きな難局に立たされるなか、政治家のリーダーシップが問われている2020年。その年の大河ドラマの主人公が明智光秀であるというのは、何か示唆的なものを感じずにはいられません。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

運も実力のうち!?小早川の寝返りを生んだ黒田長政の好運

運も実力のうち!?小早川の寝返りを生んだ黒田長政の好運

運と歴史~人は運で決まるか(2)運に恵まれるにはどうすればいいか

普通の人間の「運」については、どう考えればいいのだろうか。例えば、日本において消費文化が花開いた江戸時代、11代将軍・徳川家斉の治世には、庶民が「運がめぐってこない」ことを皮肉った狂詩があった。運には「めぐりあわ...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/25
山内昌之
東京大学名誉教授
2

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(4)サウジアラビアとイランの存在感

中東のグローバル・サウスといえば、サウジアラビアとイランである。両国ともに世界的な産油国であり、世界の政治・経済に大きな存在感を示している。ただし、石油を武器にアメリカとの関係を深めてきたのがサウジアラビアであ...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/24
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
3

起業の極意!サム・アルトマンと松下幸之助

起業の極意!サム・アルトマンと松下幸之助

編集部ラジオ2024:4月24日(水)

ChatGPTを開発したことで一躍有名となったOpenAI創業者のサム・アルトマン。AIの発展によって社会は大きく、急速に変化しており、その中心的な人物こそが彼であるといっても過言ではありません。

そんなアルトマンが...
収録日:2024/04/15
追加日:2024/04/24
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア
4

権威主義とポピュリズムへの対抗…歴史を学び、連帯しよう

権威主義とポピュリズムへの対抗…歴史を学び、連帯しよう

民主主義の本質(5)民主主義を守り育てるために

ポピュリズムや権威主義的な国家の脅威が迫る現在の国際社会。それに対抗し、民主主義的な社会を堅持するために、国際社会の中で日本はどのように振る舞うべきか。議論を進める前提として大事なのは「歴史から学ぶ」ことである...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/04/23
橋爪大三郎
社会学者
5

ルネサンスはどうやって始まった?…美術の時代背景

ルネサンスはどうやって始まった?…美術の時代背景

ルネサンス美術の見方(1)ルネサンス美術とは何か

ルネサンス美術とはいったい何なのか。これを考えるためには、なぜその時代に古代ギリシャ、ローマの文化が復活しなければならなかったのかを考える必要がある。その鍵は、ルネサンス以前のイタリアの分裂した都市国家の状態や...
収録日:2019/09/06
追加日:2019/10/31
池上英洋
東京造形大学教授