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DATE/ 2021.01.02

いつから「ハラスメント」に厳しくなったか?

 「ハラスメント(harassment)」は、嫌がらせ、いじめ、苦しめる、悩ませる、迷惑、困却などの意味を持つ英語の名詞ですが、現在の日本では一般的な用語として、多くの人に使われています。

 今回は、「ハラスメント」という一般用語としてある意味で日本語化し、さらにはいつから「ハラスメント」に厳しくなったのかなど、考察してみたいと思います。

「ハラスメント」の潮流

 「ハラスメント」という言葉が広く一般的に日本の社会で用いられるようになった背景、特に職場における「ハラスメント」問題の嚆矢は、なんといっても「セクシャル・ハラスメント」(セクハラ)でしょう。

 性的な嫌がらせを意味する「セクシャル・ハラスメント」は、1980年代から一般的にも社会問題として取り上げられるようになりました。さらに1989年(平成元年)に日本で初めて職場でのセクハラを問う裁判が起こされ、さらには同年の新語・流行語大賞を受賞。その後、改正男女雇用機会均等法をはじめとした法律でも定義され、また本質的な人権問題の課題としても、世界の潮流とも軌を一にする動きをみせています。

 一方、2000年代に入ると、職場などにおける権力や地位の優位性を背景としたいじめや嫌がらせとしての「パワー・ハラスメント」(パワハラ)も、人口に膾炙し始めます。なお「パワー・ハラスメント」は、平成13年(2001)にコンサルティング会社のクレオ・シー・キューブの岡田康子氏が提唱した造語のため、日本発祥の言葉となります。

 他方、教育研究の場での権力を利用した「アカデミック・ハラスメント」(アカハラ)、妊娠・出産・育児に関わる「マタニティー・ハラスメント」(マタハラ)や「パタニティー・ハラスメント」(パタハラ)など、より個別具体的でライフステージに密接した重要な「ハラスメント」も認知されるようになりました。

 さらには、言葉や態度等による精神的な虐待「モラル・ハラスメント」(モラハラ)、人種・国籍・民族等に関わる「レイシャル・ハラスメント」(レイハラ)など、もはやハラスメントというよりは倫理や人権に関わる課題も、「ハラスメント」として取り上げられるようになっていきました。

まだまだある!「○○ハラスメント」15選

 以上のように、「ハラスメント」は平成の始めに一般用語として認知され、平成の約30年をかけて市民権を得て、さらに個別具体化されて厳しくなっていったように思います。

 そして令和の現在、上記以外にも個別具体化された「○○ハラスメント」は多々、用語化されています。以下に代表的な15選を、五十音順に列挙してみました。なお、「○○」と「ハラスメント」の間にある「・」は表記によってはない場合もありますが、視認性向上のために統一して記載しています。

 望まない飲酒に関連した「アルコール・ハラスメント」(アルハラ)、年齢や世代間ギャップに起因させる「エイジング・ハラスメント」(エイハラ)、悪質な消費者・顧客の迷惑行為ともいえる「カスタマー・ハラスメント」(カスハラ)、性別に関わる「ジェンダー・ハラスメント」(ジェンハラ)、残業時間を減らすことを経営側が部下に丸投げする「時短ハラスメント」(ジタハラ)。

 新卒採用時の内々定学生に対して企業が以降の就職活動を終えるよう働きかける「就活終われ・ハラスメント」(オワハラ)、老人へのいじめや介護拒否等の「シルバー・ハラスメント」(シルハラ)、学校という閉鎖的な関係性に起因する「スクール・ハラスメント」(スクハラ)、臭いで周囲に不快感を与える「スメル・ハラスメント」(スメハラ)、ハラスメントを受けた人が被害を公表することなどによってさらに受けるハラスメントを意味する「セカンド・ハラスメント」(セカハラ)。

 ソーシャルメディアを通じて行われる「ソーシャル・メディアハラスメント」(ソーハラ)、デジタルデバイス等の技術格差による「テクニカル・ハラスメント」(テクハラ)、患者に対する医師の嫌がらせやいじめ「ドクター・ハラスメント」(ドクハラ)、血液型によるステレオタイプによって不当に行われる「ブラッドタイプ・ハラスメント」(ブラハラ)、スマホ等の位置情報サービスを悪用したプライバシー侵害「ロケーション・ハラスメント」(ロケハラ)。

「ハラスメント」への厳しさは過程でしかない

 ところで、冒頭で「ハラスメント」を英語の名詞として紹介しました。そして、日本語化された「ハラスメント」を「されたこと」という過去形で捉えれば名詞ですが、行為という動詞や抽象名詞のように「○○的なハラスメント(嫌がらせ)」のように解釈すれば、バリエーションは無限になります。

 つまり極論をすれば、嫌がらせと感じる心は主観であるため、「○○ハラスメント」は人の思いの数だけあるともいえます。そのため、時代や場合や関係性によって問題とされていなかったことが、ハラスメントとして批判されることも度々起こりえるようにもなっています。そして、受け手側の解釈の齟齬や心得違い、過剰反応や誤解など、ある意味で「ハラスメント(という言動や行為への厳しさこそが)ハラスメント」という側面も増加し、かえって生きにくい社会をお互いに形成してしまっているようにも見受けられます。

 もちろん、自尊心やメンタルヘルスを大切にすることは社会を構成する個々人にとって何より重要です。また「ハラスメント」を正しく表明でき、適切に「ハラスメント」に厳しい社会は、そうでない社会より確実に健全で良い社会です。

 しかし、真の目標は「ハラスメント」のない社会です。一人ひとりが自立した精神でお互いの多様性を尊重し、そのうえで助け合える社会になるための一歩として、「(私が感じる)ハラスメント」への厳しさから「(あなたが感じるだろう)ハラスメント」への厳正さのある真の理解、つまりは「ハラスメント」の主観から客観への転換にたった関係の構築が、今こそ求められているのではないでしょうか。

<参考文献・参考サイト>
・「har・ass・ment」『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)
・「har・ass・ment」『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)
・「ハラスメント」[労働経済]『イミダス 2018』(小嶌典明、集英社)
・平成の働き方の変化(職場の問題編)~◯◯ハラスメントはなぜ増えたか~
https://news.yahoo.co.jp/byline/yatsuzukaeri/20190304-00116879/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授