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DATE/ 2022.05.13

政治家の資産公開に意味あるのか?

 2022年4月11日、「国会議員資産公開法」に基づき、2021年10月の衆院選で当選した衆院議員465人の資産報告書が公開されました。共同通信の集計によると、資産総額の平均は2924万円。過去最低の集計であった前回2018年4月の公開時より、32万円増加しています。

 では、「国会議員資産公開法」による政治家の資産公開は、どのような意味があり、何を目的として、いつから始まった制度なのでしょうか?

 今回は、「国会議員資産公開法」を例に、政治家の資産公開の意味を考えてみたいと思います。

政治家の資産公開が“始まった”意味と背景

 政治家の資産公開は、「政治倫理の確立」と「民主政治の健全な発達に資するため」に意味があると考えられ、「政治家が地位を利用して不正な蓄財をしていないか有権者がチェックできる環境を整えること」を主目的として“始まった”制度です。

 田中角栄元首相に対するロッキード裁判をめぐり政治家の政治倫理が問題となっていたことなどを背景に、1984年に第二次中曽根内閣から始まりました。ただし、当初は内閣の各大臣である閣僚だけが対象でした。

 しかし、1988年に起こった戦後最大級の贈収賄事件といわれるリクルート事件を契機に、1992年に国会議員の資産等の公開について定めた法律である「政治倫理の確立のための国会議員の資産等の公開等に関する法律(国会議員資産公開法)」が成立し、翌年施行されました。

 そして、知事や市町村長、都道府県議、政令指定市議についても、1995年末までに資産公開の条例を制定し、国会議員に準じて資産公開が定められます。その結果、1996年度末までには、すべての市町村にも条例(「政治倫理条例」等)が制定されました。

資産公開の代表例「国会議員資産公開法」

 ここで、資産公開の代表例といえる、「国会議員資産公開法」の対象となる政治家と資産(区分)をみてみましょう。

 「国会議員資産公開法」の対象は、すべての国会議員です。また、新たに入閣した閣僚も対象となり、その都度公開されます(閣僚の多くは国会議員ですが、民間人閣僚のように国会議員以外の場合もあるため)。

 そして「国会議員資産公開法」の区分は、(1)土地(固定資産税の課税標準額)、(2)地上権・賃借権(3)建物(固定資産税の課税標準額)、(4)預貯金(当座預金、普通預貯金を除く)(5)有価証券、(6)自動車・船舶・航空機・美術工芸品(取得価額が100万円を超えるものに限る)、(7)ゴルフ会員権、(8)貸付金、(9)借入金――です。

 すべての国会議員は、任期が始まった時点での議員本人の区分に該当する資産の報告書を作成し、100日以内に議長へ提出しなければなりません。さらに以後毎年、増加分を提出します。また、前年1年分の所得と4月現在で役員や顧問として報酬を得ている会社名の報告も毎年行います。

 なお、報告された内容は提出期限後60日を経過した翌日以降に公開されます。そして、東京・永田町にある衆参各議員会館に行き請求すれば、過去7年分の報告書を誰でも閲覧することができます。

問題点が多い現行の資産公開制度

 以上のように、「国会議員資産公開法」をはじめとした政治家の資産公開制度は、明確な意図と目的をもって誕生し、運用されてきました。しかし、2022年4月現在、「国会議員資産公開法」をはじめ政治家の資産公開制度には、まだまだ多くの問題点があるといわれています。

 まず、「預貯金(当座預金、普通預貯金を除く)」となっているように、普通預金は預貯金の当座預金と普通預金は対象外のため普通預金がいくらあっても「資産0」となります。また、たとえ公開対象区分の資産であっても自身の関係する政治団体の資産として登録すれば、議員本人の資産としてはカウントされません。

 さらに、家族名義の資産は公開の対象外であることや(ただし、閣僚は家族が保有する資産も対象となり、就任時と退任時に公開される)、土地・建物は固定資産税の課税標準額で実勢価格でないことなどから、「抜け道が多いざる法」「実態が反映されていない」「現行では資産公開の意味はあるのか」と指摘する声が挙げられています。

 実際に、冒頭で紹介した2022年4月11日の「国会議員資産公開法」に基づく資産報告書でも、トップの自民党の麻生太郎副総裁の6億1417万円をはじめ1億円超えの資産保有議員が26人いる一方で、株式を除く金融資産や不動産を持っていないと報告した「資産0」議員が77人いました。

 そして、国会議員資産公開法は報告内容を証明する資料の提出は不要で、虚偽の報告をした場合の罰則がありません。

 「政治倫理の確立」と「民主政治の健全な発達に資するため」という重大な意味をもって始まった政治家の資産公開制度ですが、制度は適切に運用されてこそ、始めてその効力を発揮します。

 時代の転換点ともいえる大事件とともに始まった制度であることも鑑みると、新たな時代をよりよく創造していくためにも本来の意味に立ち戻り、今とこれからの時代に意味のある政治家の資産公開制度と運用を再考する時期をむかえているのかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
・「資産公開法」『日本大百科全書』(浅野一郎・浅野善治著、小学館)
・「資産公開法」『デジタル大辞泉』(小学館)
・「政治的腐敗」『日本大百科全書』(富田信男著、小学館)
・「政治倫理条例」『日本大百科全書』(高木鉦作、小学館)
・衆院議員の平均資産2924万円 首位は麻生氏6億円超 資産報告書│日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1019O0Q2A410C2000000/
・政治倫理の確立のための国会議員の資産等の公開等に関する法律│e-Gov
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=404AC1000000100_20150801_000000000000000
・国会議員の資産公開でどこまで明らかに?│政治山
https://seijiyama.jp/article/news/nws20150527-001.html
・議員の資産公開制度│朝刊
https://www.asahi.com/topics/word/%E8%B3%87%E7%94%A3%E5%85%AC%E9%96%8B.html
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