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『物価とは何か』から迫る経済学の本質と日本経済の謎
『物価とは何か』――経済学の本質を突く大いなる問いに真正面から取り組んだ一冊が講談社選書メチエから上梓されました。
著者は、物価研究の第一人者である東京大学大学院経済学研究科教授の渡辺努先生。専攻はマクロ経済学・国際金融・企業金融で、日銀勤務やデータ分析を専門とする民間企業の創業ならびに技術顧問等、多様な経歴の持ち主です。
本書は、あえて経済の専門用語や数式の使用をできるだけ控え、さらには商品の値付けや価格変動といったミクロ経済の事例をマクロ経済の視点や物価理論・金融政策と関連付けながら、物価の本質を一般読者にわかりやすく解説しています。
物価は社会生活を営む私たちにとって身近である以上に、生活そのものともいえます。しかしながら、それだけ身近であるため、かえって物価についての直観は人によって千差万別であり、また物価に関する経済学者の知見もさまざまであると、渡辺先生は述べています。
例えば、ミクロ経済の基本ともいえる、個別商品の貨幣的価値を表す「価格」と物価の違いを適切に説明できない人も多いように思います。
本書では「物価は“蚊柱”である」とした比喩から始まります(経済学者・岩井克人氏の提唱する「(物価)蚊柱理論」より)。たとえ、“蚊(個々の商品の価格)”の動きが激しかったとしても、“蚊柱(物価)”という全体としてみると安定しているといます。その状態を渡辺先生は「健全な姿」と表しています。
しかしながら、個々の価格がまったく動かず全体が動かない場合は、安定ではなく「病的だ」とし、「売り手や買い手の事情で価格が上がり下がりするという、経済の健全な動きが止まっていたら、それは異変とみるべき」と述べています。そして、現在の日本経済は後者に近い状態だとしています。
一匹一匹の蚊の動きに迫っても蚊柱の動きは解明できないように、単に価格の変動を研究しても物価を捉えることはできないこと。また、部分の総和が全体とはならないところに、経済学(特にマクロ経済学)の難しさがあるといえます。
第2章「何が物価を動かすのか」では、高インフレ(物価上昇)やデフレ(物価下落)といった物価の不安定性の原因は、人々のインフレ予想の揺れにあることを説明しています。
第3章「物価は制御できるのかー進化する理論、変化する政策」では、フィリップス曲線の発見が及ぼした影響、政府や中央銀行の政策の歴史、金融政策のゲーム理論からナラティブ経済学への可能性などを解説しています。
第4章「なぜデフレから抜け出せないのか―動かぬ物価の謎」では、約30年間という長期間にわたり物価が上がらないデフレに悩まされてきた日本の、動かぬ物価の謎に向き合っています。
ここで、第1章の説明のところで示した物価の定義を振り返ってみます。定義中に「昨日」とあるように、物価の本質は「今日」とは違うことが織り込まれていることがわかります。つまり、“物価とは動いていることが本質”であるといえます。その視点でみると、1990年代以降価格は据え置き状態(緩やかなデフレ)が続く日本は、異常事態の只中にいるといえます。
渡辺先生は、「蚊柱理論で言えば、価格の据え置き商品は動きを停止した蚊です。蚊の動きがなければ蚊柱の移動も当然ありません。しかし、それは物価(蚊柱)の安定ではありません。動かなくなった蚊は死んでいるのであり、蚊柱は屍の集まりにすぎません。この蚊柱は、自社製品の価格を自らの意志で決めることを諦め、後ろ向きの経営に走る企業の群れそのものではないかと私は危惧しています」として、「私の仮説の適否も含め、緩やかなデフレはどのようなコストを生んでいるのか、社会全体として議論を進める必要があると思います」と述べています。
第5章「物価理論はどうなっていくのか―インフレもデフレもない社会を目指して」では、ケインズやフィッシャーといった物価理論の巨人の偉業を振り返りながら、インフレもデフレもない社会を目指して、物価をめぐる社会や経済の仕組み(経済制度)を考察しています。
だからといって、経済学が扱う問題が生活や社会そのものであり、人々の生命や文字通り財産に直結している課題である以上、自然や成り行きに任せてほったらかしにしておくわけにもいきません。
グローバル社会がますます加速することが予測される未来において、「物価」というキー概念を通してさまざまな意見を持ち寄り、多様な考察を展開する必要が、経済の最大変数ともいえる私たち一人ひとりにも求められているのではないでしょうか。
渡辺先生は、2020年春のコロナショック時点で、多くの経済の専門家が大幅なデフレを予想したのに対し、「パンデミックで(軽度の)インフレになるかもしれない」と警告したことでも話題になりました。ただ、日本経済が抱える最大課題ともいえる、長期にわたるデフレからの脱却への特効薬はいまだ見つかっていません。
だからこそ本書は、経済学の大いなる目標である、インフレもデフレもない世界を目指すためにも、ぜひ皆さんに手にとってもらいたい貴重な一冊といえるのです。
著者は、物価研究の第一人者である東京大学大学院経済学研究科教授の渡辺努先生。専攻はマクロ経済学・国際金融・企業金融で、日銀勤務やデータ分析を専門とする民間企業の創業ならびに技術顧問等、多様な経歴の持ち主です。
本書は、あえて経済の専門用語や数式の使用をできるだけ控え、さらには商品の値付けや価格変動といったミクロ経済の事例をマクロ経済の視点や物価理論・金融政策と関連付けながら、物価の本質を一般読者にわかりやすく解説しています。
「物価」と「価格」の違い
「物価」とは、種々の商品やサービスの価格を、ある一定の方法で総合した平均値であり、マクロ経済の要ともいえる概念です。物価は社会生活を営む私たちにとって身近である以上に、生活そのものともいえます。しかしながら、それだけ身近であるため、かえって物価についての直観は人によって千差万別であり、また物価に関する経済学者の知見もさまざまであると、渡辺先生は述べています。
例えば、ミクロ経済の基本ともいえる、個別商品の貨幣的価値を表す「価格」と物価の違いを適切に説明できない人も多いように思います。
本書では「物価は“蚊柱”である」とした比喩から始まります(経済学者・岩井克人氏の提唱する「(物価)蚊柱理論」より)。たとえ、“蚊(個々の商品の価格)”の動きが激しかったとしても、“蚊柱(物価)”という全体としてみると安定しているといます。その状態を渡辺先生は「健全な姿」と表しています。
しかしながら、個々の価格がまったく動かず全体が動かない場合は、安定ではなく「病的だ」とし、「売り手や買い手の事情で価格が上がり下がりするという、経済の健全な動きが止まっていたら、それは異変とみるべき」と述べています。そして、現在の日本経済は後者に近い状態だとしています。
一匹一匹の蚊の動きに迫っても蚊柱の動きは解明できないように、単に価格の変動を研究しても物価を捉えることはできないこと。また、部分の総和が全体とはならないところに、経済学(特にマクロ経済学)の難しさがあるといえます。
動かない「物価」の経済コスト
第1章「物価から何がわかるのか」では、貨幣と商品の交換レートが決定する仕組みを商品や貨幣の魅力といった経済学の視点から解説しながら、物価とは「昨日と同じ効用を得ようとしたときに必要となる最小限の支出」とされる現在形の一般的な物価の定義を示します。第2章「何が物価を動かすのか」では、高インフレ(物価上昇)やデフレ(物価下落)といった物価の不安定性の原因は、人々のインフレ予想の揺れにあることを説明しています。
第3章「物価は制御できるのかー進化する理論、変化する政策」では、フィリップス曲線の発見が及ぼした影響、政府や中央銀行の政策の歴史、金融政策のゲーム理論からナラティブ経済学への可能性などを解説しています。
第4章「なぜデフレから抜け出せないのか―動かぬ物価の謎」では、約30年間という長期間にわたり物価が上がらないデフレに悩まされてきた日本の、動かぬ物価の謎に向き合っています。
ここで、第1章の説明のところで示した物価の定義を振り返ってみます。定義中に「昨日」とあるように、物価の本質は「今日」とは違うことが織り込まれていることがわかります。つまり、“物価とは動いていることが本質”であるといえます。その視点でみると、1990年代以降価格は据え置き状態(緩やかなデフレ)が続く日本は、異常事態の只中にいるといえます。
渡辺先生は、「蚊柱理論で言えば、価格の据え置き商品は動きを停止した蚊です。蚊の動きがなければ蚊柱の移動も当然ありません。しかし、それは物価(蚊柱)の安定ではありません。動かなくなった蚊は死んでいるのであり、蚊柱は屍の集まりにすぎません。この蚊柱は、自社製品の価格を自らの意志で決めることを諦め、後ろ向きの経営に走る企業の群れそのものではないかと私は危惧しています」として、「私の仮説の適否も含め、緩やかなデフレはどのようなコストを生んでいるのか、社会全体として議論を進める必要があると思います」と述べています。
第5章「物価理論はどうなっていくのか―インフレもデフレもない社会を目指して」では、ケインズやフィッシャーといった物価理論の巨人の偉業を振り返りながら、インフレもデフレもない社会を目指して、物価をめぐる社会や経済の仕組み(経済制度)を考察しています。
インフレもデフレもない世界を目指して
「物価とは何か」という問いは、「貨幣とは何か」「経済とは何か」「人間社会とは何か」という問題に直結しています。そして、貨幣をつくり、物価という概念を編み出し、経済を動かしているのは間違いなく人間ですが、人工的であるそれらは人為をもってコントロールできないジレンマを抱えています。だからといって、経済学が扱う問題が生活や社会そのものであり、人々の生命や文字通り財産に直結している課題である以上、自然や成り行きに任せてほったらかしにしておくわけにもいきません。
グローバル社会がますます加速することが予測される未来において、「物価」というキー概念を通してさまざまな意見を持ち寄り、多様な考察を展開する必要が、経済の最大変数ともいえる私たち一人ひとりにも求められているのではないでしょうか。
渡辺先生は、2020年春のコロナショック時点で、多くの経済の専門家が大幅なデフレを予想したのに対し、「パンデミックで(軽度の)インフレになるかもしれない」と警告したことでも話題になりました。ただ、日本経済が抱える最大課題ともいえる、長期にわたるデフレからの脱却への特効薬はいまだ見つかっていません。
だからこそ本書は、経済学の大いなる目標である、インフレもデフレもない世界を目指すためにも、ぜひ皆さんに手にとってもらいたい貴重な一冊といえるのです。
<参考文献>
『物価とは何か』(渡辺努著、談社選書メチエ)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000361104
<参考サイト>
渡辺努先生のホームページ
https://sites.google.com/site/twatanabelab/home-2
『物価とは何か』(渡辺努著、談社選書メチエ)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000361104
<参考サイト>
渡辺努先生のホームページ
https://sites.google.com/site/twatanabelab/home-2
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