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DATE/ 2022.09.14

「世界の奇書」4選

 中国の「四大奇書(しだいきしょ)」といえば、『水滸伝(すいこでん)』『三国志演義(さんごくしえんぎ)』『西遊記(さいゆうき)』『金瓶梅(きんぺいばい)』。いずれも長編章回小説の傑作です。※章回小説(しょうかいしょうせつ):中国の口語小説で回を分けた構成をとるもの。

 また日本にも、「江戸三大奇書」といわれる好色小説『逸著聞集(いつちょもんじゅう)』『あなおかし』『はこやのひめごと』もあれば、「日本三大奇書」といわれる推理小説、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』、夢野久作『ドグラ・マグラ』が存在します。

 では「世界の奇書」といえば、いったいどんな本が挙げられるのでしょうか。世界中に遍在する数多の奇書から、厳選した4選を紹介したいと思います。

『ボイニッチ手稿』-暗号書-

 1冊目の『ボイニッチ手稿(ボイニッチ写本)』は、1912年にイタリアのモンドラゴーネ寺院で発見された暗号書です。名称は、発見者で稀覯本を扱うポーランド系アメリカ人古書商、ウィルフリッド・ボイニッチにちなんで名付けられました。

 『ボイニッチ手稿』は、未知の言語体系で執筆されています。そのため、暗号書としての魅惑にあふれ、発見された当時から現在にいたるまで、多くの暗号解読者たちが解読に挑戦してきました。しかし、2020年代時点でも未解読で、何が書かれているのかなど内容はわかっていません。

 また、不思議な植物の数々、天体図、緑の液体にひたる集団の裸婦など、奇妙な挿絵も『ボイニッチ手稿』の魅力ですが、意味するところは不明です。そして、本の内容についても挿絵などから、料理本、日記、ロジャー・ベーコンによる銀河観測の手引書、フランシス・ベーコンの芝居の小道具、アウトサイダー・アートなどさまざまな仮説が提唱されていますが、未知の言語体系同様、未解読となっています。

『台湾誌』-偽書-

 2冊目の『台湾誌』はフランス生れでイギリスで活躍したいかさま著作家ジョルジュ・サルマナザールによって1704年に発表されました。『台湾誌』の正式書名は『台湾――日本皇帝の支配下にある島――の歴史および地理に関する記述』で、その書名が示すとおり“日本人の植民地として書かれた台湾の歴史書”の体裁を取っていますが、全編デタラメな内容からなる、まごうことのない偽書です。

 自らを台湾人と称したサルマナザールは、行ったこともない台湾の文化と歴史を捏造し、『台湾誌』を書き上げました。なお『台湾誌』には、サルマナザールがでっち上げた台湾の悪魔像や「台湾語文字表」といった豊富な図表も収録されています。

 そして、サルマナザールは偽の台湾語を完全に暗記し、疑問や質問にも驚くほど速い頭の回転をもって鮮やかに応え続けたため、当時の人々は偽書と見破るまでに数年を要しました。しかし、ハレー彗星の周期性を発見したエドモンド・ハレーが科学的知見から発した正解の存在する問いに窮し、いかさまがバレてしまいました。

『死海文書』-聖書学-

 3冊目の『死海文書』は、1947年以来イスラエルの死海西岸のクムランの洞窟とその付近で発見された、世界最古の聖書(旧約聖書の写本)を含む写本群の総称です。ベドウィン(アラブ系遊牧民)の羊飼いの少年が群れから離れた羊を探しているときに偶然発見したという逸話を持ち、発見当時は「20世紀最大の考古学的発見」と称されました。

 『死海文書』の写本年代は、紀元前2世紀から前40年にわたるとされ、文書は大部分が羊皮紙、一部はパピルスにヘブライ語やアラム語で書かれています。旧約聖書のほか、クムラン教団の戒律、思想、聖書解釈を記した巻も存在しています。

 イエス時代のユダヤ教を知る貴重な資料として、主要なものはエルサレムのイスラエル博物館の「聖書館」に収蔵展示されています。そして、現在も調査と研究が行われています。

『ノストラダムス予言集』-予言書-

 4冊目の『ノストラダムス予言集』(原題『百詩篇集』)は、医師にして占星術師のノストラダムス(フランス名:ミシェル・ド・ノートルダム)が、1555年に発表した謎詩の詩集で、世紀ごとに原則として100の四行詩がまとめられています。

 『ノストラダムス予言集』の謎詩のうち、最も有名な一篇はフランス王アンリ2世の事故死の予言です。また王妃カトリーヌ・ド・メディシスの三人の王子の運命、さらにはアンリ4世の即位をも予言したといわれています。しかしながら、この“いわれています”がポイントです。なぜならノストラダムスの四行詩は解釈の余地が大きく、世紀を超えた謎を残しました。

 例えば、日本中で騒がれた「1999年7月の人類滅亡説」の原典は、『ノストラダムス予言集』第10巻72番「1999年7つの月、恐怖の大王が空より来たらん、アンゴルモワの大王を蘇らせん、マルスの前後に幸運で統べんため。」ですが、「アンゴルモワの大王」はフランスにルネサンスを持ち込んだアングレーム伯(後のフランス王フランソワ1世)であり、この一篇は彼の世紀を賛美する意味があるのではともいわれています。

奇書の定義とは?

 「奇書」とは、「珍しい本」「奇想天外な面白さで他に類のない本」を意味しますが、ベストセラー『奇書の世界史』および『奇書の世界史2』の作者である三崎律日氏は、「数“奇”な運命をたどった“書”物」とも定義しています。

 そもそも本は性質上、名著も良書もある意味においては悪書ですらも、読まれることで真価を発揮するといえます。つまり、読者こそが書物の最終判定者かつ真価の総仕上げ人ともいえます。

 奇書を奇書たらしめるためには、一人ひとりの読者が数奇な運命をその本に見出し、加味することが求められます。ぜひあなた好みの奇書を見つけて育て上げてください。

<参考文献・参考サイト>
・『デジタル大辞泉プラス』
・『日本大百科全書』(小学館)
・『世界大百科事典』(平凡社)
・『岩波 世界人名大辞典』(岩波書店)
・『集英社世界文学大事典』(集英社)
・『奇書の世界史』(三崎律日、KADOKAWA)
・『奇書の世界史2』(三崎律日、KADOKAWA)
・『世界の奇書 総解説 改訂版』(自由国民社)
・『愛書狂の本棚』(エドワード・ブルック=ヒッチング著、高作自子訳、日経ナショナルジオグラフィック社)
・「サルマナザールの『台湾誌』」『「古史古伝」と「偽書」の謎を読む』(武田雅哉著、『歴史読本』編集部編、新人物往来社)
・『ノストラダムス予言集』(P.ブランダムール校訂、高田勇・伊藤進編訳、岩波書店)
・「エヴァ」でも注目、「死海文書」に世界はなぜ驚かされるのか? 日本語版刊行開始│好書好日
https://book.asahi.com/article/11701707
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