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DATE/ 2023.07.11

必ずハマる!『言語沼』の世界と言語の不思議な魅力

 近年、若い世代の間で、奥深い趣味にのめり込むことを「沼に落ちる」と表現することが流行っています。趣味を沼地に例え、底なし沼に落ちるようにハマってしまい、あまりに好きすぎて抜け出せなくなるという状態を表現しているのです。

 そんな言葉が表現するように、ズブズブと、ある“沼”にハマってしまったお二人がいます。YouTubeとpodcastで「ゆる言語学ラジオ」を配信している水野太貴さんと、堀元見さんです。お二人が“沼ってしまった”のは、ラジオのタイトルにもある通り、ずばり「言語」。今回ご紹介するのは、“言語沼”にどっぷりハマってしまったお二人の共著『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(あさ出版)です。

軽妙な二人のトークが言語沼への道を開く

 幼い頃から言葉に興味を持っていた水野さんは、その半生を言語沼で過ごしたというほど、言語大好き人間だそうです。名古屋大学では言語学を専攻し、現在は出版社で編集者として勤務する傍ら、言語をテーマにした「ゆる言語学ラジオ」の配信を開始しました。このラジオの聞き手となったのが、水野さんの友人で作家の堀元さんです。“言語学素人”であったはずの堀元さんは、沼の底から熱心に語りかけてくる水野さんの熱にあてられ、すっかり自身も言語沼の住人になってしまったのだとか。

 本書のスタイルも、ラジオのように対談形式となっています。話し手の水野さんが、言葉に関する質問を堀元さんに投げかけ、堀元さんが素人なりに考えた言語の解釈や、ひらめきを面白おかしく返して行きます。言語学というと、理論的で小難しく感じる方が少なくないかもしれませんが、お二人の対話はまるでお笑いコンビのコントのように軽快。するすると、目から文字を飲み込むように、言語の不思議な魅力や、明日から人に話したくなるようなマメ知識が頭に入って来る構成になっています。

なんてことない日本語のメカニズム、あなたは答えられますか

 とはいえ、言語のマメ知識といってもピンと来ない方もいるかもしれません。まずは一つ、本書のプロローグで、水野さんが投げかける日本語の事例を紹介してみましょう。

 日本語には、二つの語が結合して一つの語を作るとき、二つめの語の語頭の清音が濁音に変わる【連濁】という現象があります。【日(ひ)】に【傘(かさ)】で【日傘(ひがさ)】、【山(やま)】に【川】で【やまがわ】といった形です。

 一方、【カエル】に【ドク】がつくと【ドクガエル】となりますが、【トカゲ】に【ドク】がついても【ドクドカゲ】にはなりません。また、こんな生き物はいませんが、【チワワ】に【ドク】がついたとしても【ドクヂワワ】にはならなさそう……。

 では、どういうルールがここにあるのでしょうか。

 水野さんからのこの問いに、堀元さんは頭をひねりつつ「かわいければ濁音にならない」と、面白おかしく返事をします。さて、みなさんもどう考えるでしょうか。

 答えは、二つめの語に濁音がすでにある場合は濁らない、そして外来語にも適用されないというもの。母国語話者であるからこそ、「なるほど」と感心するよりも、「そんなルールがあったのか!」と驚く気持ちのほうが強いかもしれませんね。

当たり前のものだからこそハマると深い言語沼

 話し手を務めている水野さんは、本書のなかで次のように語っています。

〈「聞かれたら答えは分かるんだけど、そのメカニズムがなぜかわからない」。こんな不思議な現象は、日常生活のなかでそう滅多にお目にかかれない。ところが言語に目を向けると、一事が万事こんなことばっかりなのである。〉

 わたしたちは言語を用い、自分の考えをまとめ、気持ちを言葉にして伝えようとする生き物です。それは呼吸をするようなもので、いちいち「肺を膨らませて……横隔膜を下げて……」と考えないのと同じように、ほとんど無意識に言葉が話せるように作られています。

 本書のなかでは、まだ言語習得のおぼつかない2、3歳の子どもたちが、オノマトペを理解し、その音から感じる動作イメージを持っているという研究結果が紹介されています。言葉の意味を理解する前から、感覚として言語が備わっていく様子は、言葉が人間にとって欠かせないものだと感じさせられるものでした。それほどまでに当たり前のもの、すぐ側にあるものだからこそ、言語には人を“沼”に落とし、抜け出せなくなってしまう魅力に満ちているのかもしれません。

言語沼の浅瀬から深みへの誘い

 水野さんは本書を作るきっかけを、「言語の面白さを伝える本が作りたい」という気持ちだったと言います。怪獣の名前に濁点が多い理由、「あいうえお」の順番の理由、生物と無生物の違いがニュアンスに違いをもたらすなど、パラパラと眺めるだけでも知的好奇心が大いに刺激され、本を開いた側からお二人の軽妙なトークが聞こえ出てくるようです。そして、文字だけの声でも、言語が好きでたまらないという想いがひしひしと伝わってくるのです。

 水野さんは、本書で紹介した事例について、「これはまだまだ沼の浅瀬である」と述べています。ということは、言語の沼はとっても深そうなので、ますますハマってしまいそうです。ということで、まずは、本書を片手に“沼”の縁で足だけでも浸かってみてはいかがでしょうか。そして、お二人のラジオを聴いてみるのもいいかもしれません。気づけばどっぷり頭の先まで、言語の沼に浸かってしまうかもしれませんね。

<参考文献>
『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(堀元見著、水野太貴著、あさ出版)
http://www.asa21.com/book/b607897.html

<参考サイト>
堀元見氏のツイッター
Twitter:https://twitter.com/kenhori2
水野太貴氏氏のツイッター
Twitter:https://twitter.com/yuru_mizuno
ゆる言語学ラジオ
https://yurugengo.com/
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