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『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか』で迫る生命の秘密
2003年、日本が開発した小惑星探査機「はやぶさ」は、そのミッションを遂行するために宇宙へと旅立ちました。2年間の長旅の末、地球から約3億キロメートル離れた小惑星イトカワに到着した「はやぶさ」は、その表面を詳細に観測し、約1ミリグラムの貴重なサンプルを地球に持ち帰ることに成功しました。これは、人類が初めて小惑星からサンプルを回収した歴史的な出来事でした。大気圏への再突入時に燃え尽きる「はやぶさ」の画像を鮮明に覚えている人も多いのではないでしょうか。
時代は進んで2020年、「はやぶさ」の後継機が小惑星「リュウグウ」から約5グラムのサンプルを回収したことが大きなニュースになりました。今回ご紹介する書籍『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか リュウグウの石の声を聴く』(橘省吾著、岩波科学ライブラリー)では、この「はやぶさ2」がもたらしたサンプルの価値と、その分析結果が解説されています。
著者である橘省吾氏は、「はやぶさ2」の試料採取装置の開発を担当し、持ち帰られた試料の分析プロジェクトを指揮した研究者です。現在は東京大学大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構教授を務めています。橘氏は他にも『星くずたちの記憶』(岩波書店)や、共著に『鉄学137億年の宇宙誌』(岩波書店)や『惑星地質学』(東京大学出版会)など、宇宙に関する多くの著書をもつその分野のエキスパートです。
「はやぶさ」や「はやぶさ2」が行ったサンプルリターン調査には、さまざまな意義がありますが、その中でも重要なのは科学的価値です。小惑星は太陽系の初期の状態を保っていると考えられており、そのサンプルを調査することで太陽系や地球の形成過程、さらには生命の起源に至るまで、多くの重要な手がかりが得られるのです。
もちろん望遠鏡を使った観測や、地球に落ちてくる隕石の分析を通じても、宇宙に関するさまざまなデータを収集することはできます。しかし、直接、小惑星から持ち帰った試料から得られる情報の価値は別格です。地球には大気があり、これが原因でもろい物質は地球表面に到達する前に燃え尽きてしまいます。仮に燃え残ったものがあったとしても、地球上での水や有機物による汚染や変質などもあります。それらは避けがたい課題ですが、地球外で直接採取したサンプルなら、そのような心配もないというわけです。
「はやぶさ2」計画の科学的目標は、水や有機物を含む隕石「炭素質コンドライト」の故郷かもしれない「C型小惑星」を調査することでした。その目的は、「太陽系がどのように始まり、地球をはじめとする多様な惑星を誕生させたのか、海や生命の材料である水や有機物が地球にどのようにもたらされたのか」を明らかにすることです。
橘氏は「サンプルは雄弁」だと言います。鉱物の種類や形、化学組成などを調べることで、それがつくられたときに経験した温度や圧力といった諸条件から、周辺環境に関するさまざまな情報がわかるのだそうです。
サンプル分析の結果、C型小惑星リュウグウの石は、太陽系の元素組成に極めて近いことが判明しました。いわば「太陽系の原点」だったのです。また、地球に向かって落下する際、大気圏で燃え尽きるものがほとんどであり、たとえ地表に到達したとしても、風化や変質によって別の鉱物へと姿を変えてしまうことが比較分析によって明らかになりました。
さらに、リュウグウの誕生からその後の進化の歴史もわかりました。この天体が形成された後、その構成材料に含まれていた氷などが融解し、水との化学反応を経て、含水鉱物や炭酸塩、硫化鉄、磁鉄鉱といった鉱物が生成されました。これらの化学反応が起こったのは、太陽が誕生してから約500万年の間でした。この事実は、リュウグウの石が地球よりも古い存在であることを示しています。
分析結果は、リュウグウのようなC型小惑星が内部で有機分子を複雑化し、初期の地球にアミノ酸など生命の材料を運ぶ役割を果たした可能性を示唆しています。これは、地球上で生命が誕生する過程でC型小惑星が重要な役割を担っていたかもしれないということです。
現在、JAXAは次のサンプルリターン探査計画である火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration)、通称MMXを進めています。このプロジェクトの目標は、火星の二つの衛星、フォボスとダイモスの探査と、フォボスからのサンプルリターンです。このミッションが成功すれば、太陽系の起源に関する私たちの理解はさらに深まるはずです。
本書を読めば、わずか5グラムの石からどれだけ多くのことがわかるのか、驚かれることでしょう。試料を分析し、この世界の真実に迫るというワクワクするような科学の冒険を体験することができます。
本書は科学をテーマにしていますが、高校生レベルの基礎知識があれば難なく読み進めることが可能です。専門用語についても、例えば「ベンゼン」を「炭素6個が六角形状につながり、炭素一つずつに水素が一つ結合したもの」といった形でわかりやすく解説していますので、科学に苦手意識がある方でも楽しめるはずです。
「はやぶさ2」が持ち帰ったサンプルは何を語るのか。その「声」を少しずつ解き明かしていく展開は、まるで推理小説を読んでいるかのように面白い。ぜひ本書を手にとって、リュウグウの石の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
時代は進んで2020年、「はやぶさ」の後継機が小惑星「リュウグウ」から約5グラムのサンプルを回収したことが大きなニュースになりました。今回ご紹介する書籍『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか リュウグウの石の声を聴く』(橘省吾著、岩波科学ライブラリー)では、この「はやぶさ2」がもたらしたサンプルの価値と、その分析結果が解説されています。
著者である橘省吾氏は、「はやぶさ2」の試料採取装置の開発を担当し、持ち帰られた試料の分析プロジェクトを指揮した研究者です。現在は東京大学大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構教授を務めています。橘氏は他にも『星くずたちの記憶』(岩波書店)や、共著に『鉄学137億年の宇宙誌』(岩波書店)や『惑星地質学』(東京大学出版会)など、宇宙に関する多くの著書をもつその分野のエキスパートです。
「はやぶさ2」はなぜ「リュウグウ」へ?――サンプルリターン調査の必要性
なぜ科学者たちは、膨大な時間と費用をかけて、わざわざ地球のはるか外側まで行き、石を取ってくるのでしょうか。小惑星からサンプルを地球に持ち帰るという行為には、一体どのような意味があるのでしょうか。「はやぶさ」や「はやぶさ2」が行ったサンプルリターン調査には、さまざまな意義がありますが、その中でも重要なのは科学的価値です。小惑星は太陽系の初期の状態を保っていると考えられており、そのサンプルを調査することで太陽系や地球の形成過程、さらには生命の起源に至るまで、多くの重要な手がかりが得られるのです。
もちろん望遠鏡を使った観測や、地球に落ちてくる隕石の分析を通じても、宇宙に関するさまざまなデータを収集することはできます。しかし、直接、小惑星から持ち帰った試料から得られる情報の価値は別格です。地球には大気があり、これが原因でもろい物質は地球表面に到達する前に燃え尽きてしまいます。仮に燃え残ったものがあったとしても、地球上での水や有機物による汚染や変質などもあります。それらは避けがたい課題ですが、地球外で直接採取したサンプルなら、そのような心配もないというわけです。
「リュウグウの石」の声を聴く――試料分析からわかること
「はやぶさ2」から持ち帰られた試料の分析に関して、本書執筆時点ですでに80を超える数の論文が出版されており、今後もその数は増えていくことでしょう。たった5グラムの「リュウグウの石」を調べることで、どのようなことがわかるのでしょうか。「はやぶさ2」計画の科学的目標は、水や有機物を含む隕石「炭素質コンドライト」の故郷かもしれない「C型小惑星」を調査することでした。その目的は、「太陽系がどのように始まり、地球をはじめとする多様な惑星を誕生させたのか、海や生命の材料である水や有機物が地球にどのようにもたらされたのか」を明らかにすることです。
橘氏は「サンプルは雄弁」だと言います。鉱物の種類や形、化学組成などを調べることで、それがつくられたときに経験した温度や圧力といった諸条件から、周辺環境に関するさまざまな情報がわかるのだそうです。
サンプル分析の結果、C型小惑星リュウグウの石は、太陽系の元素組成に極めて近いことが判明しました。いわば「太陽系の原点」だったのです。また、地球に向かって落下する際、大気圏で燃え尽きるものがほとんどであり、たとえ地表に到達したとしても、風化や変質によって別の鉱物へと姿を変えてしまうことが比較分析によって明らかになりました。
さらに、リュウグウの誕生からその後の進化の歴史もわかりました。この天体が形成された後、その構成材料に含まれていた氷などが融解し、水との化学反応を経て、含水鉱物や炭酸塩、硫化鉄、磁鉄鉱といった鉱物が生成されました。これらの化学反応が起こったのは、太陽が誕生してから約500万年の間でした。この事実は、リュウグウの石が地球よりも古い存在であることを示しています。
生命誕生の秘密に迫る――生命の材料の起源とは
リュウグウの石からは、予想どおり有機物も検出されました。これは、地球上で生命が誕生した過程を解明する上で重要な手がかりとなります。リュウグウの探査は、まさに「生命の材料の起源」を明らかにする試みなのです。分析結果は、リュウグウのようなC型小惑星が内部で有機分子を複雑化し、初期の地球にアミノ酸など生命の材料を運ぶ役割を果たした可能性を示唆しています。これは、地球上で生命が誕生する過程でC型小惑星が重要な役割を担っていたかもしれないということです。
現在、JAXAは次のサンプルリターン探査計画である火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration)、通称MMXを進めています。このプロジェクトの目標は、火星の二つの衛星、フォボスとダイモスの探査と、フォボスからのサンプルリターンです。このミッションが成功すれば、太陽系の起源に関する私たちの理解はさらに深まるはずです。
本書を読めば、わずか5グラムの石からどれだけ多くのことがわかるのか、驚かれることでしょう。試料を分析し、この世界の真実に迫るというワクワクするような科学の冒険を体験することができます。
本書は科学をテーマにしていますが、高校生レベルの基礎知識があれば難なく読み進めることが可能です。専門用語についても、例えば「ベンゼン」を「炭素6個が六角形状につながり、炭素一つずつに水素が一つ結合したもの」といった形でわかりやすく解説していますので、科学に苦手意識がある方でも楽しめるはずです。
「はやぶさ2」が持ち帰ったサンプルは何を語るのか。その「声」を少しずつ解き明かしていく展開は、まるで推理小説を読んでいるかのように面白い。ぜひ本書を手にとって、リュウグウの石の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか リュウグウの石の声を聴く』(橘省吾著、岩波科学ライブラリー)
https://www.iwanami.co.jp/book/b639909.html
<参考サイト>
橘省吾氏のホームページ
https://shogo-tachibana.webnode.page/
橘省吾氏のX(旧ツイッター)
https://x.com/ShogoCitrus
『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか リュウグウの石の声を聴く』(橘省吾著、岩波科学ライブラリー)
https://www.iwanami.co.jp/book/b639909.html
<参考サイト>
橘省吾氏のホームページ
https://shogo-tachibana.webnode.page/
橘省吾氏のX(旧ツイッター)
https://x.com/ShogoCitrus
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