テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.04.10

自由研究に最適!60のQ&Aで楽しく学ぶ『植物の謎』

 私たちの身の回りにはさまざまな植物があふれています。道端に生える雑草から、庭を彩る草花まで、私たちの生活は植物とともにあります。ですが、その身近さゆえに、日常の中で植物に思いをはせる機会はそれほど多くないのかもしれません。

 植物は太古の昔から地球上に息づく生命体であり、人類をはじめとする動物生命にとって欠かせない存在です。食物連鎖の基盤を形成し、光合成を通じて酸素を供給するため、地球上の生命は植物の活動に強く依存していると言えます。

 私たち人類とは大きく異なる存在である植物の世界は、多くの不思議で満ちています。驚くべき能力や、独自のコミュニケーション方法など、植物が私たちに投げかける謎は尽きることがありません。植物とは一体何なのでしょうか。

 今回ご紹介する『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』(日本植物生理学会、ブルーバックス)は、植物に関する疑問について楽しく学べる一冊です。

研究者と社会をつなぐ――日本植物生理学会のアウトリーチ活動

 著者である一般社団法人日本植物生理学会は、植物の機能や仕組みを対象とする植物生理学の研究を促進し、研究者たちの交流の場を提供する学術団体です。この学会は、学術的な研究成果を社会に広く伝えるためのアウトリーチ活動にも力を入れており、「みんなのひろば」という学会ホームページ上でさまざまな取り組みを行っています。その中でも特に人気なのが、一般の人々から寄せられた質問に研究者たちが回答する「植物Q&A」のコーナーです。

 本書は、このコーナーで取り上げられている3000件を超えるQ&Aの中から60問を厳選し編集したものです。全10章構成で、各章は「食べられる植物」、「花」、「葉」、「色」、「細胞と代謝」、「植物ホルモン」、「動き・成長」、「コミュニケーション」、「環境」、「自由研究」という項目に整理されています。

 実際にどのようなQ&Aがあるのか、その中から三つほど注目してみましょう。

「レタスの切り口がピンクになるのはなぜか?」

 レタスを冷蔵庫に保存していると、茎の切り口の部分がピンク色に変色していることがありますよね。なぜそうなるのでしょうか。

 この現象は、植物細胞の構造と化学反応が関係しています。レタスの細胞内には液胞という小さな袋があり、さまざまな物質が蓄えられています。その中にはポリフェノール物質も含まれています。

 レタスを切ったときに細胞が破壊され、液胞からこのポリフェノール物質が放出されます。すると、空気中の酸素と接触したポリフェノール物質は、ポリフェノール酸化酵素の作用を受けて酸化反応が促進されます。この過程でポリフェノール物質がタンパク質やアミノ酸と結びつき、ピンク色の化合物が生成されます。これがレタスの切り口をピンク色に見せる原因となるのです。リンゴやジャガイモでも同じ現象が起こるそうですよ。

「サボテンはなぜ乾燥した地域で生きていけるのか?」

 サボテンについて、中学生から三つの質問が届いています。

1:なぜ水のない地域で生きていけるのか
2:光合成および呼吸、蒸散はどこでおこなっているのか
3:なぜ刺(とげ)を持つ必要があったのか

 たしかにどれも気になりますよね。回答を見てみましょう。

1:サボテンが生育している砂漠地域は、乾燥した荒れ地ですが、まったく雨が降らないわけではありません。サボテンなどの多肉植物は、肉厚な葉や茎にこのような水分を蓄え利用しています。種類によっては、根が地中深くまで伸びて、地中の水分を利用するものもあります。

2:サボテンの光合成と蒸散は茎で行われます。ただし、サボテンの光合成は一般的な植物とは異なります。サボテンは二酸化炭素と酸素を取り込んだり、排出したり、水を蒸発(蒸散)させたりする気孔を開ける時間を夜間に限定しています。そうすることで、日中の高温時に水分が蒸発するのを避けているのです。そして、夜間に取り込んだ二酸化炭素を一時的にリンゴ酸に変えて細胞内に蓄え(仮固定)、昼間になったらそこから二酸化炭素を取り出して光合成を行います。

3:サボテンの刺(とげ)は、一般的には動物に食べられるのを防ぐためだと考えられています。他にも、種類によっては刺のある茎節が簡単に外れ、動物にくっついて生息範囲を広げるものもあります。

「葉の縁のギザギザには、どのような役割があるのか?」

 植物の葉がギザギザになっている理由、つまり「鋸歯(きょし)」の存在は、非常に難問だとされています。回答では考えられる役割について、いくつか考察されます。たとえば、葉の真上に存在する空気のよどみ(葉面境界層)を薄くすることで、光合成の効率を上げる効果があるとか、植物内の余剰な水分を放出する水孔の数に関係しているのでは、など。

 その一方で、同じような環境に生育する植物でも、鋸歯の形状や存在自体が大きく異なることがあり、鋸歯が持つ役割が必ずしも一様ではないことも指摘されています。現在のところ、葉の鋸歯の謎については完全に解明されていません。それが植物にとってどれほど重要なのか、またどのような役割を果たしているのか、さらなる研究が必要だとされています。

 このように、中には明確な答えが示されない回答もあります。ですが、それは人類が到達した知の範囲について科学者が誠実に答えているということでもあります。科学の進歩は常に進行中であり、未解明の領域に挑戦し続けることが、新たな発見へとつながっていくのです。

 以上、三つのQ&Aをご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。本書にはまだまだ面白い質問と回答がいっぱいです。植物や草花のことに関心があるという大人はもちろんですが、自由研究のテーマを探しているという小学生や中学生にも最適です。ぜひ一度手にとって、植物の謎に迫る研究者の知を楽しんでみてください。

<参考文献>
『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』(日本植物生理学会、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000386501

<参考サイト>
一般社団法人日本植物生理学会の公式ウェブサイト
https://jspp.org/
日本植物生理学会 みんなのひろばのX(旧Twitter)
https://twitter.com/jspp_qa
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

著者が語る!『『江戸名所図会』と浮世絵で歩く東京』

著者が語る!『『江戸名所図会』と浮世絵で歩く東京』

編集部ラジオ2025(19)堀口茉純先生の「講義録」発刊!

テンミニッツ・アカデミーで6回のシリーズ講義として続いてきた、堀口茉純先生の《『江戸名所図会』で歩く東京》が、遂に講義録として発刊されました。今回の編集部ラジオでは、著者の堀口茉純先生にお越しいただき、この書籍の...
収録日:2025/08/19
追加日:2025/09/03
2

より良い人生への学び…開かれた知、批判の精神、学ぶ主体

より良い人生への学び…開かれた知、批判の精神、学ぶ主体

「アカデメイア」から考える学びの意義(4)学びの3つのキーワード

私たちにとって「学び」はどんな意義を持つのか。学びについて考えるべき要素は3つあると納富氏はいう。さらに、「学びは生きる場所」でもある。今生きている人と対話をする。先人たちと書物を通じて対話する。そのことで、自分...
収録日:2025/06/19
追加日:2025/09/03
納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
3

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム

「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長
4

童歌「あんたがたどこさ」は何拍子?変拍子の不思議な魅力

童歌「あんたがたどこさ」は何拍子?変拍子の不思議な魅力

数学と音楽の不思議な関係(2)リズムと数の不思議と変拍子

数学と音楽の親密な関係を知るのに、リズムはもってこいの要素だ。世界のどこでもリズムは数でカウントされる。その中でも、例えば「あんたがたどこさ」は目まぐるしく変わるような「変拍子」だが、日本人はだれもが簡単にリズ...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/09/04
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
5

日本は集権的か分権的か…地理と歴史が作る人間の性質とは

日本は集権的か分権的か…地理と歴史が作る人間の性質とは

「集権と分権」から考える日本の核心(1)日本の国家モデルと公の概念

今も明治政府による国家モデルが生きている現代社会では、日本は中央集権の国と捉えられがちだが、歴史を振り返ればどうだったのかを「集権と分権」という切り口から考えてみるのが本講義の趣旨である。7世紀に起こった「大化の...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/08/18
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家