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『日本列島はすごい』が伝える、この島国で生きる醍醐味
日本の気候や風土は独特です。年間を通して雨が降り、豊かな森林が育っています。一方で、地震、火山、台風などといった自然の猛威と隣り合わせでもあります。日本に住んでいると当たり前かもしれませんが、実は世界的にみても、これほど変化の富んだ、メリハリのある環境はそう多くはないようです。一体どういった理由でこのような自然環境が出来上がっているのでしょうか。『日本列島はすごい-水・森林・黄金を生んだ大地』(伊藤孝著、中公新書)では、この点について詳しく説明されています。
筆者の伊藤孝氏は1964年宮城県生まれで、現在、茨城大学教育学部教授であるとともに茨城県地域気候変動適応センター運営委員を務められています。専門は地質学、鉱床学、地学教育です。また、2005年から2012年までNHK高校講座「地学」を担当されていました。
さて、本書ではそれぞれのテーマではさまざまな逸話などが加えられます。例えば、「おくのほそ道(松尾芭蕉)」の話では、当時の風景や岩石に染み入る音の理由が岩の質の面から解説されます。
また、黒潮の動きは小松左京の言葉をもとに「下腹をなであげる」と表現されたり、コリオリ(回転体の上を動く物体に働く力)の説明ではウサインボルトが例に取り上げられます。伊藤氏の現実感覚が、最先端の地学と一続きであることがわかる部分です。ちなみに、調査に訪れた水戸の鹿沼土(ホームセンターで売られる園芸用土)が露出した住宅分譲地では、思わずこの地での庭のある生活を夢想して心が揺れたそうです。伊藤氏の気さくな人柄も伝わってきます。
さらに興味深いことに、日本には111個の活火山がありますが、この原因に水が関係しています。通常1500℃ぐらいにならないと岩石は溶け始めないのですが、水があると500℃も低い条件で岩石が溶け、マグマを作りはじめるそうです。これが少しずつ上昇していき、マグマ溜まりをつくり、地上に現れると火山となります。
こういった点から、日本列島は上からも下からも豊富な水が供給される「水の恵みの列島」であり、見方を変えれば「水攻めが運命付けられた列島」であると伊藤氏は言います。
それでも、日本刀は「たたら製鉄」によって作られてきました。この原料となったのは花崗岩の中にまばらにある真砂砂鉄(まささてつ)や赤目砂鉄(あこめさてつ)です。しかし、実はこの花崗岩の鉄の含有量は低く、鉄資源と呼べるものではないとのこと。非常に不合理に思えますが、実際には鉄としての混じり気のなさが優良、つまり微量元素の含有量がはるかに少ない(純度が高い)そうです。このことで鉄製品の質がとても高くなっています。
また、「たたら製鉄」では大量の薪・炭を使います。もし鉄資源が豊富だったとしたら、森林を根こそぎにしたかもしれません。しかし、鉄の量が少なかったことでそうはならず、また薪や炭のために伐採したあともすぐに植樹したそうです。そこに豊富に雨が降ります。さらに、日本では火山が噴火したり、断層運動や地滑りが起こったりして、新たな岩石が地表に現れます。その岩石が風化して新たにミネラルが供給され、豊かな森が維持されます。
森林以外にも、日本の地理的特異性はさまざまなものがあります。たとえば、日本列島が西太平洋の低緯度域に分布する暖水プールの真北にあることで台風が頻繁に襲ってくること。これにより陸地に大量の水が供給されます。
また、太平洋では水が大きく時計回りに循環しており、この循環の中心は地球の自転の影響で西に偏っています。このことで太平洋の西にある日本近海では流速の速い黒潮が流れ、それが対馬海流に分岐して日本海側にも大きな暖流がながれこみます。この暖流により日本海側では大雪が降る一方で、太平洋側では乾いた冷たい北風が吹くのみです。これは300万年前に始まった東西の圧縮により高い山が形成されたことによります。
他にもありとあらゆる自然上の偶然が重なり、日本はメリハリの効いた「すごい」環境を作り上げています。
本書を読むと、日本で生きる私たちの感覚と、地理学的事実が密につながってきます。また、話は日本から世界へ、あるいは地球の内部までシームレスに広がっていくので、読み進めることで、日本の自然がどれだけ偶然の積み重ねでつくられているのか、また、日本がどれだけ豊かでどれだけ危険な土地なのか、理解することができるのです。そして、島国であるこの地で生きていることの「すごさ」、その醍醐味を実感することになるでしょう。ぜひご一読ください。
筆者の伊藤孝氏は1964年宮城県生まれで、現在、茨城大学教育学部教授であるとともに茨城県地域気候変動適応センター運営委員を務められています。専門は地質学、鉱床学、地学教育です。また、2005年から2012年までNHK高校講座「地学」を担当されていました。
さて、本書ではそれぞれのテーマではさまざまな逸話などが加えられます。例えば、「おくのほそ道(松尾芭蕉)」の話では、当時の風景や岩石に染み入る音の理由が岩の質の面から解説されます。
また、黒潮の動きは小松左京の言葉をもとに「下腹をなであげる」と表現されたり、コリオリ(回転体の上を動く物体に働く力)の説明ではウサインボルトが例に取り上げられます。伊藤氏の現実感覚が、最先端の地学と一続きであることがわかる部分です。ちなみに、調査に訪れた水戸の鹿沼土(ホームセンターで売られる園芸用土)が露出した住宅分譲地では、思わずこの地での庭のある生活を夢想して心が揺れたそうです。伊藤氏の気さくな人柄も伝わってきます。
日本の火山は水が作る
「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」は、鴨長明『方丈記』の出だしです。日本の平均降水量は世界平均よりも多いのですが、特定の時期に集中するわけでもなく、また森には保水力があり、傾斜もあるため、いったい雨水が流れてもまた後から後から流れるわけです。多くの温泉も実は、雨水が大地の割れ目から地下深部に染み込み、マグマ溜まりに温められて地上に戻ってきたものとのこと。さらに興味深いことに、日本には111個の活火山がありますが、この原因に水が関係しています。通常1500℃ぐらいにならないと岩石は溶け始めないのですが、水があると500℃も低い条件で岩石が溶け、マグマを作りはじめるそうです。これが少しずつ上昇していき、マグマ溜まりをつくり、地上に現れると火山となります。
こういった点から、日本列島は上からも下からも豊富な水が供給される「水の恵みの列島」であり、見方を変えれば「水攻めが運命付けられた列島」であると伊藤氏は言います。
鉄資源の少なさが森を守った
その昔、光合成生物が生まれ、海に酸素を放出するようになったことで、海に溶け込んでいた鉄が酸化して沈殿しました。この時の地層が「縞状鉄鉱層」と呼ばれるものですが、この沈殿が終了したのは24億年も前のことです。一方、日本列島を作る地層の多くは中生代のジュラ紀以降、2億年前であり、最古の地層でも約5億年前です。ということで、日本には鉄資源が少なく、鉄鉱石は100%輸入です。それでも、日本刀は「たたら製鉄」によって作られてきました。この原料となったのは花崗岩の中にまばらにある真砂砂鉄(まささてつ)や赤目砂鉄(あこめさてつ)です。しかし、実はこの花崗岩の鉄の含有量は低く、鉄資源と呼べるものではないとのこと。非常に不合理に思えますが、実際には鉄としての混じり気のなさが優良、つまり微量元素の含有量がはるかに少ない(純度が高い)そうです。このことで鉄製品の質がとても高くなっています。
また、「たたら製鉄」では大量の薪・炭を使います。もし鉄資源が豊富だったとしたら、森林を根こそぎにしたかもしれません。しかし、鉄の量が少なかったことでそうはならず、また薪や炭のために伐採したあともすぐに植樹したそうです。そこに豊富に雨が降ります。さらに、日本では火山が噴火したり、断層運動や地滑りが起こったりして、新たな岩石が地表に現れます。その岩石が風化して新たにミネラルが供給され、豊かな森が維持されます。
あらゆる偶然が作り上げるメリハリの効いた環境
日本の豊かな森が維持されてきたのには、ほかにもさまざまな理由があります。たとえば、豊富な降水量、火山の存在、黄砂の供給、岩石の若さ、さらにヤギ・ヒツジといった若芽を食べて森を荒廃させてしまう動物の不在、氷床が発達しなかったことといった無数の偶然の重なりが挙げられています。森林以外にも、日本の地理的特異性はさまざまなものがあります。たとえば、日本列島が西太平洋の低緯度域に分布する暖水プールの真北にあることで台風が頻繁に襲ってくること。これにより陸地に大量の水が供給されます。
また、太平洋では水が大きく時計回りに循環しており、この循環の中心は地球の自転の影響で西に偏っています。このことで太平洋の西にある日本近海では流速の速い黒潮が流れ、それが対馬海流に分岐して日本海側にも大きな暖流がながれこみます。この暖流により日本海側では大雪が降る一方で、太平洋側では乾いた冷たい北風が吹くのみです。これは300万年前に始まった東西の圧縮により高い山が形成されたことによります。
他にもありとあらゆる自然上の偶然が重なり、日本はメリハリの効いた「すごい」環境を作り上げています。
島国・日本で生きていることの醍醐味を実感しよう
地球の歴史から見れば、日本はかなり新しく、若い島国です。伊藤氏はこの日本を「じゃじゃ馬」「暴れ馬」と表現します。活火山、地震、台風は風光明媚な景観、肥沃な土地、豊富で美しい水、よりどりみどりの温泉を生み出しますが、もちろん危険もあります。この点について伊藤氏は、首都圏に3500万人が暮らす現在の一極集中ぶりに警鐘をならし、日本の各地に独立性の高い都市を維持していくことの重要性を提示しています。本書を読むと、日本で生きる私たちの感覚と、地理学的事実が密につながってきます。また、話は日本から世界へ、あるいは地球の内部までシームレスに広がっていくので、読み進めることで、日本の自然がどれだけ偶然の積み重ねでつくられているのか、また、日本がどれだけ豊かでどれだけ危険な土地なのか、理解することができるのです。そして、島国であるこの地で生きていることの「すごさ」、その醍醐味を実感することになるでしょう。ぜひご一読ください。
<参考文献>
『日本列島はすごい-水・森林・黄金を生んだ大地』 (伊藤孝著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/04/102800.html
<参考サイト>
伊藤孝氏のwebサイト
https://chigakumorimori.wixsite.com/website-2
伊藤孝氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/reishutosoba
『日本列島はすごい-水・森林・黄金を生んだ大地』 (伊藤孝著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/04/102800.html
<参考サイト>
伊藤孝氏のwebサイト
https://chigakumorimori.wixsite.com/website-2
伊藤孝氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/reishutosoba
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