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DATE/ 2024.10.18

プロが語る『漫画ビジネス』が発展し続けるために大事なこと


 昨今、漫画に関連する業界はさまざまなことが起きています。たとえば、電子書籍プラットフォームの充実やスマホ閲覧に適応した形態の変化など、デジタル面での変革があります。加えてこういったデジタル化により、個人による漫画販売も増えました。このことで市場のあり方は大いに多様化しています。

 こういった漫画をめぐる現状をその歴史を振り返りながら、この先についてまで詳細に分析する本が今回紹介する『漫画ビジネス』(菊池健著、クロスメディア・パブリッシング〈インプレス〉)です。本書によると、漫画業界ではヒット作品が生まれる確率は1000件に3件と言われるそうです。このことから、ヒット作品を生み出すには狙いすまして作るのではなく、「裾野をじっくり広げて、高い頂きをつくっていくこと」が大事だと著者は言います。

 著者の菊池健氏は、一般社団法人MANGA総合研究所所長、マスケット合同会社代表です。1973年、東京で生まれ、日本大学理工学部機械工学科を卒業後、商社やコンサルティング会社などを経て2010年からNPO法人が運営する「ときわ荘プロジェクト」のディレクターを10年勤めます。多くの新人漫画家にシェアハウスを提供しつつ、100人以上の商業誌デビューをサポートしたそうです。その後もマンガにまつわるメディアを立ち上げたり、クリエイターの支援を行ったりといった漫画業界の発展に関わる活動に携わっています。

週刊誌が膨大なジャンルを生み出す裾野を広げてきた

 これまでの漫画は、週刊漫画雑誌が大きく牽引してきました。1959年に小学館の週刊少年サンデーと、講談社の週刊少年マガジンが同時に創刊されます。そののち、集英社が週刊少年ジャンプを、秋田書店が週刊少年チャンピオンを創刊し、これらが漫画発展の礎となりました。読者が満足するボリュームの作品を1人の作家と1人の編集者が出し続けるというのは、世界に類を見ないハイペースでの量産とのことです。菊池氏はこのことが「日本マンガの豊かな裾野となっている」と言います。

 さらにまた日本での漫画雑誌は、少年誌、青年誌、女性誌、児童誌や成人向けといった年齢層別、ファンタジーや歴史もの、BLやTLなどのカテゴリーやジャンルに特化するものなど、かなりの多様性があります。これらには、それぞれに雑誌編集部があり、趣味嗜好性癖まで広くカバーしています。このような豊穣な多産の仕組みもまた、漫画の「裾野」を広める起点として機能しているようです。

プロダクトアウト型の作品がメガヒットの原石

 雑誌での漫画の作り方には「マーケットイン型」と「プロダクトアウト型」の二種類があります。「マーケットイン型」は流行しているストーリーの型(「異世界転生」や「悪役令嬢」など)に当てはめて作られるものです。これに対して、「プロダクトアウト型」は漫画家の個人的体験や趣向などを掘り下げ、物語として昇華するものとのこと。

 日本の伝統的な漫画雑誌の編集部では、どちらかというと後者(プロダクトアウト型)を重視してきています。手堅くヒットを生み出す傾向にあるのはマーケットイン型のほうかもしれませんが、人のエゴが剥き出しになった作品ほど読み手を強く惹きつけ、また時代を変えるような前例のない作品はプロダクトアウト型から生まれると菊池氏は述べます。

編集の非連続で非論理的な対応から大ヒットが生まれる

 一方でこういったマンガづくりは、工業製品のように製作工程に再現性があって大量生産できるようなものではありません。一つひとつの作品作りに漫画家の大変な苦労の連続があり、それを最大限支えようとする編集部のあり方があります。たとえば、編集部に編集者が20人いた場合、編集者一人に対してそれぞれ漫画家が20人から40人ほどつくとします。つまり400人から800人くらいの漫画家が常に入れ替わりながら、20ほどの連載枠を競うわけです。

 このような競争の中で闘う漫画家たちの才能を、編集者はじっくりと付き合いながら練り上げていきます。この仕組みが、面白いマンガを作り上げるシステムの一端を担ってきたわけです。まずは漫画家が死力を振り絞ります。これに対して、報いがなかったり、あっさり裏切ったりする組織は、作家(漫画家)との信頼関係が失われます。

 また、そういった組織だと編集者も能力の高い人が力を発揮できません。菊池氏は「非連続で非論理的な、一人ひとりの作家ごとに変わる対応があって、大ヒット作家が育つ」と言います。こういった組織のあり方は、一般的なビジネス組織では考えにくいわけですが、この対応を維持できた組織だけが、継続的に大ヒット作品を作っているとのことです。

電子書籍プラットフォームの可能性

 電子書籍プラットフォームでは、男女比、年齢層、好む作品層などがかなり固まっており、「受ける作品」の傾向も明確です。ここにフィットする作品をプラットフォームやウェブ広告で認知させる努力を行えば、堅実に売れる作品や、ときにヒットを放つ作品が出てきます。さらに電子書籍化では、たとえば『静かなるドン』などのように過去の作品が掘り起こされるという事例も起きてきました。

 こうした流れの先に、海外市場が次のステージとして目の前にあります。菊池氏はウェブトゥーンに注目しています。ウェブトゥーンとは、簡単に言えば縦スクロールマンガですが、外国においてはこの先、ウェブトゥーン原作作品が次々映像化されるとのことです。このあたりの詳細については、ぜひ本書での分析を読んでみてください。

「裾野」や「頂き」に対する解像度を持つことが大事

 菊池氏が15年間、日々業界を分析し続けた結果としてわかったことは、マンガを取り巻くこの業界の環境は「奇跡的な偶然から出来上がったガラパゴスであり、そのガラパゴスにこそ価値の源泉がある」ということです。この環境を壊してしまうと、金の卵を産む鶏を殺すような行為になるとのこと。

 この先、「漫画業界」では何が必要なのでしょうか。菊池氏は「裾野」と「頂き」への解像度を持った中心人物を挙げています。良質な作品が生み出されるための「裾野」を維持するためには、経営効率ばかりを見ることはできません。日本のガラパゴス状態を維持しながら環境を整備し、気を遣いつつも気長に待つこと。ガラパゴスを守る姿勢で海外にビジネスを仕掛けることが必要だと言います。

 これは、現代のグローバル化の文脈に対する思い切った提言とも言えるでしょう。本書で示されているのは、「マンガ」をめぐる場所について、あらゆる角度から検証された貴重な分析です。この先の日本において、最も熱いビジネスの場所となる「漫画業界」を知る手がかりが詰まっています。書店に見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。空前のヒット作が生まれる漫画業界で起きているリアルがアありありと見えてくるはずです。

<参考文献>
『漫画ビジネス』(菊池健著、クロスメディア・パブリッシング〈インプレス〉)
https://book.cm-marketing.jp/books/9784295410157/

菊池健氏のX(旧Twitter)
https://x.com/t_kikuchi
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