テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.11.08

『ドラマで読む韓国』で新発見する韓国社会のリアル

 韓国ドラマはここ二十数年で大きく発展しました。日本で有名になったのは2002年の「冬のソナタ(冬ソナ)」からです。2003年から「チャングムの誓い」が大ヒットしたことで、韓国ドラマは多様なジャンルやテーマに広がっていきました。製作費としても、今では一話平均で10億ウォン(約1.1億円)を超えるものになっています。こういった韓国ドラマや韓国映画について、韓国人の習慣や韓国の社会問題などに注目しながらその本質を読み解く書籍が『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』(金光英実著、NHK出版新書)です。

 著者の金光英実氏は、数多くのドラマや映画の字幕翻訳を手がけてきた韓日翻訳者です。1971年生まれで清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に移住し、その後およそ30年間ソウルに住んでいます。著書としては『いますぐ使える!韓国語ネイティブ単語帳』(「ヨシル」名義、扶桑社)、『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、訳書に『グッドライフ』(小学館)、『ソウルの中心で真実を叫ぶ』『殺人の品格』(共に扶桑社)などがあります。

財閥が牛耳る韓国社会

 さて韓国ドラマでは、「梨泰院クラス」(2020年)、「キング・ザ・ランド」(2023年)、「マイデーモン」(2023年)、「涙の女王」(2024年)など、財閥が出てくる作品がたくさんあります。日本の感覚からするとやや現実離れしたように感じることもありますが、実際の韓国社会ではリアルに受け取られているようです。韓国には、サムスン、現代(ヒョンデ)、SK、LG、ロッテなどの巨大な財閥が共存し、また財閥関係者を頂点とした序列が浸透しているとのこと。

 ドラマの中では財閥子女とのロマンスや、財閥が庶民を虫けら扱いするようなストーリーが頻繁に出てきます。実際に韓国では2014年に大韓航空で「ナッツリターン事件」が起きています。ご存知の方も少なくないと思いますが、これは財閥の子女であり大韓航空副社長のチョ・ヒョナ氏(のちにチョン・スヨンに改名)が、航空機内で自分に出されたナッツが袋のままだったことに端を発します。これがマニュアルと違う対応であったことに激昂し、JFK空港(ニューヨーク)で離陸のために滑走路に向かっていた旅客機を引き返させたものです。チョ・ヒョナ氏は一審では実刑判決が出ますが、二審では減刑され執行猶予がつきました。

 ほかにも2010年のことですが、運輸会社M&M代表のチェ・チョルウォン氏(SKグループ創業者の甥、現会長のいとこ)が、一人デモをしていた元運転手をバットで殴打し、示談書を書かせてその場で2000万ウォン(約220万円)の小切手を膝に投げ、その後タンクローリー代として5000万ウォン(約550万円)を口座に入金するなどした例があります。これら以外にも、財閥関係者が起こしたさまざまな事件が本書には掲載されています。しかし、法が介入できる領域が狭く、実際に立件にたどりつくケースは少ないそうです。実際にチョルウォン氏は、一審では実刑を宣告されつつも二審で執行猶予三年となり、獄中暮らしせずに済んでいます。

なぜ韓国ドラマには裏切りや復讐が多いのか

 また、韓国ドラマは裏切りや復讐といったことがテーマになっている作品が多いのですが、「裏切り」に関しては、本書では「ドクタースランプ」(2024年)が取り上げられています。この作品では、かつて優等生だった主人公の男女ふたりがそれぞれ友人、先輩から裏切られ、また世間にも裏切られてどん底に陥り、そこからはい上がる過程を描く作品です。この裏切りという点について金光氏は、韓国では「情に厚く、義理に薄い」人が多いと言います。義理に薄いので簡単に裏切るけれど、情に厚いので簡単に許されてしまう、とのことです。

 また、復讐ドラマについては、「梨泰院クラス」(2020年)や「模範タクシー」(2021年)、「ザ・グローリー」(2022年)、「財閥の末息子」(2022年)などが本書では取り上げられています。特にこういった近年の作品での復讐が「法律の外」で行われることに、金光氏は注目しています。韓国では、裁かれる者が厳密に裁かれず、加害者の人権が過度に守られている、そうした捉え方があるのは、先にあげた例でもわかるように、財閥家の人間が収監されることはほとんどないからです。また、政治家は罪を犯しても権力者の座に居座る、この点にも不満を持つ人は多いようです。

 こうした状況に対し、一般市民はどうすることもできないのです。ボイコットしたくても財閥の影響は生活の隅々に行き届いているので不可能です。ということで、財閥への不満がドラマの中での私的復讐を遂げる主人公に人々が快哉を叫ぶ理由とのことです。金光氏は復讐ドラマを通じて視聴者は「テリマンジョク(代理満足)」を得ていると言います。テリマンジョク(代理満足)とは韓国独特の表現で、「自分が望んでいることを代わりに誰かが果たしてくれる」ことを意味するそうです。

韓国ドラマを深く味わおう

 本書では、他にもドラマや現実に起きたさまざまな事件や状況などを取り上げながら、韓国ドラマの特徴や韓国人の感覚、考え方などが紹介されます。そのなかには、韓国で30年以上暮らし韓国ドラマや韓国映画に触れてきた翻訳家ならではの鋭い視点が随所に見られます。今回はドラマによく登場する財閥や、復讐心といったポイントについて紹介しましたが、苛烈な受験戦争や男女格差、兵役についてなど、現代の韓国社会の核心ともいえる部分についても詳細に分析されています。

 現代の私たちはドラマを通して、気軽に韓国文化に触れることができます。そのときにふと「なぜ?」「これはどういうこと?」と感じることも少なくないのではないでしょうか。この点について本書をよむと一気に「なるほど、そういう意味だったのか」「そういう背景があるからこうなるのか」という納得感が得られること必至です。本書を手元に置いて韓国ドラマを観たり、韓国に出かけてみたりすると、韓国の見方が新たなものになるはずです。その意味でもリアルな韓国を知るための最適な一冊といっていいでしょう。

<参考文献>
『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』(金光英実著、NHK出版新書)
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887272024.html?srsltid=AfmBOoowz_V4gLZfiSu0EfSWvc9-HD_Xga6tz8ueKSgfTNcKd4xzyzFO

<参考サイト>
金光英実氏のX(旧Twitter)
https://x.com/Hidemi_K

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

百年後の日本人のために、共に玉砕する仲間たちのために

百年後の日本人のために、共に玉砕する仲間たちのために

大統領に告ぐ…硫黄島からの手紙の真実(4)百年後の日本人のために

硫黄島の戦いでの奇跡的な物語を深く探究したノンフィクション『大統領に告ぐ』。著者の門田隆将氏は、「読者の皆さんには、その場に身を置いて読んでほしい」と語る。硫黄島の洞窟の中で、自分が死ぬ意味を考えていた日本人将...
収録日:2025-07-09
追加日:2025/08/15
門田隆将
作家 ジャーナリスト
2

日本は集権的か分権的か?明治以来の国家の仕組みに迫る

日本は集権的か分権的か?明治以来の国家の仕組みに迫る

「集権と分権」から考える日本の核心(1)日本の国家モデルと公の概念

今も明治政府による国家モデルが生きている現代社会では、日本は中央集権の国と捉えられがちだが、歴史を振り返ればどうだったのかを「集権と分権」という切り口から考えてみるのが本講義の趣旨である。7世紀に起こった「大化の...
収録日:2025-06-14
追加日:2025/08/18
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
3

原発建設には10年以上も…小型モジュール炉の可能性と課題

原発建設には10年以上も…小型モジュール炉の可能性と課題

日本のエネルギー政策大転換は可能か?(2)世界のエネルギーと日本の原発事情

再生可能エネルギーのシェアが世界的に圧倒的な伸びを見せる中、第7次エネルギー基本計画において原子力発電を最大限活用する方針を示した日本政府だが、それはどこまで現実的なのか。国際エネルギー機関が発表した今後のエネル...
収録日:2025-04-04
追加日:2025/08/17
鈴木達治郎
長崎大学客員教授 NPO法人「ピースデポ」代表
4

全ては経済?…米中対立の現状とリスクが高まる台湾危機

全ては経済?…米中対立の現状とリスクが高まる台湾危機

トランプ政権と「一寸先は闇」の国際秩序(2)米中対立の現在地

世界第一、第二の経済力を誇る米中の対立は由々しい問題である。第1次トランプ政権下で始まった対立はバイデン政権に継承されてきたが、トランプ第2次政権では主題はもっぱら経済に集中している。われわれも米中協議の行方を注...
収録日:2025-06-23
追加日:2025/08/14
佐橋亮
東京大学東洋文化研究所教授
5

なぜウェルビーイングが大事?DEIとの関係と価値の多様化

なぜウェルビーイングが大事?DEIとの関係と価値の多様化

DEIの重要性と企業経営(2)人的資本経営とウェルビーイング経営

今、企業の中に「人的資本経営」が急速に浸透している。経産省の定義によると、人的資本経営とは、人材を資本と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のこと。類似する概念と...
収録日:2025-05-22
追加日:2025/08/15
山本勲
慶應義塾大学商学部教授