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『土と生命の46億年史』が解き明かす土と進化の壮大な物語
人類はこれまで科学技術によってさまざまなものを生み出してきました。それでも作り出せないものがあります。これが「生命」と「土」です。土とは「岩石が崩壊して生成した砂や粘土と、および生物遺体に由来する腐植の混合物」のことです。地球上に生命が誕生する40億年前まで、もっと言えば陸上に植物が上陸する5億年前まで地球に「腐植」はなかったと考えられます。この間(生命と土が生まれる前)に地球上にあったのは「粘土」です。
このスケールで言えば、20万年前の人類誕生はほんのつい最近のことです。人類にとって土はほとんどカオスとして認識され、土について語るのは宗教の領域でした。この状況は今でもそう変わっていません。このカオスである土について、「土とは何なのか」「人間に土を作ることはできるのか」といった本質的な問いを立てて挑むのが、今回紹介する『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』 (藤井一至著、ブルーバックス)です。
著者の藤井一至(ふじい かずみち)氏は、1981年富山県生まれで、京都大学農学研究科博士課程を修了した「土」のスペシャリストです。現在は国立研究開発法人「森林研究・整備機構 森林総合研究所」の主任研究員として活動しています。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に飛び回る研究者ですが、本人は自身を「自宅のプランターでオクラがうまく育たずに悩み続ける土の研究者」と表現します。他の著書としては、『大地の5億年』(ヤマケイ文庫)や『土 地球最後の謎』(光文社新書)があります。『土 地球最後の謎』は第7回河合隼雄学芸賞のほか、第1回日本生態学会奨励賞など多数受賞しています。
また、地球46億年は、“地球お母さん”46歳の半生に置き換えます。小学一年生から生き物係になり(生命誕生)、19歳で生計を独立した(酸素発生型光合成の開始)。41歳で一念発起して家庭菜園を始め(植物の上陸)、2年ほど暮らしていた恐竜兄さんが半年前に失踪し、今から10日前に小人たちが温室栽培を始めた(人類誕生)とのこと。
他にも、生命誕生の仮説については、「公園の犬のオシッコ臭(アンモニア)、サスペンスドラマにみる殺人現場のアーモンド臭(青酸)、生物標本のホルマリン臭(ホルムアルデヒド)がカミナリと下痢止め薬の粘土(スメクタイト)のそばで反応することで、生命の基本材料となるアミノ酸や糖類が揃う」と解説されます。状況は簡単には理解できませんが、相当ダイナミックなことが起きている感じはつかめます。
ほかにも、宇宙空間や地下では安定していた造岩鉱物が、地表で環境がガラリと変わり不安定になる状況を「社会人になって『アイツは変わった』と言われるのと似ている」と表現します。こういったユーモアを交えながらも、話は地球の歴史から生命の誕生、植物・動物の誕生、恐竜の絶滅、霊長類の進化など土を基準にした壮大な地球の変化が語られます。
生命の元はアミノ酸ですが、粘土(スメクタイト)を加えなければ、アミノ酸が効率よく生成しません。粘土はアンモニアやアミノ酸、遺伝子を構成するリン酸など生命の材料を一同に集め、反応を促進します。ここにカミナリや熱噴出孔によるエネルギーが加わることで変化が起き、結果的にアミノ酸が生成されます(生命誕生の仮説)。
このように、粘土はまず生命を生み出す触媒としての役割があったと考えられています。さらに、粘土そのものも生命の一部だったのではないかとも言われています。アミノ酸や糖類は生命の材料なので、それだけでは生命は誕生しません。また、生命は自己複製します。これは、現在では遺伝子を構成する単位であるヌクレオチド(DNAやRNA)の役割です。しかし、もっと単純な物質である「粘土鉱物」が原始的な形で似たような役割を果たしたと考えることもできます。
ここで宅配便の伝票が例として取り出されています。これは筆圧で複写紙のインク袋が破れ、粘土(スメクタイト)に吸着することで着色する仕組みです。これと同じ仕組みが分子レベルで起き、情報伝達を可能にする現象が生命誕生前の地球で起きたと考えることもできます。
「粘土鉱物」は静電気の量や分布に応じてアミノ酸を吸着します。つまり、この「粘土鉱物」の鋳型に沿ってアミノ酸が複製されたと考えることもできるわけです。この「粘土鋳型説」はあくまで仮説ですが、このように自らを複製できる物質は、自然界では「粘土」と「遺伝子」のみとのことです。
続けてこの自律性について、「土は『知性』を持つかのように振る舞っている」「土の機能は、人間の脳や人工知能の自己学習機能と似ている」と藤井氏はいいます。加えて「多様な細胞(土においては細菌)があたかも知性を持つように臨機応変に機能する超高度な知性を、私は脳と土しか知らない」と述べています。
本書は「土とは一体何なのか」という点についてあらゆる側面から時代や分野を越えて幅広く深く検証、考察します。はじめ「土」は「砂+粘土+腐植の混合物」でしたが、最終的には「鉱物×生物=自律的な知的システム」へと拡張します。しかし藤井氏は、これはまだゴールではないといいます。本書を読むとその興味深い比喩も相まって、はるか長い生命の歴史と現在が頭のなかでぐるぐると動きながら繋がります。この圧倒的なスケール感は本書でなければ体験できないのではないでしょうか。この醍醐味をぜひ味わってみてください。
このスケールで言えば、20万年前の人類誕生はほんのつい最近のことです。人類にとって土はほとんどカオスとして認識され、土について語るのは宗教の領域でした。この状況は今でもそう変わっていません。このカオスである土について、「土とは何なのか」「人間に土を作ることはできるのか」といった本質的な問いを立てて挑むのが、今回紹介する『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』 (藤井一至著、ブルーバックス)です。
著者の藤井一至(ふじい かずみち)氏は、1981年富山県生まれで、京都大学農学研究科博士課程を修了した「土」のスペシャリストです。現在は国立研究開発法人「森林研究・整備機構 森林総合研究所」の主任研究員として活動しています。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に飛び回る研究者ですが、本人は自身を「自宅のプランターでオクラがうまく育たずに悩み続ける土の研究者」と表現します。他の著書としては、『大地の5億年』(ヤマケイ文庫)や『土 地球最後の謎』(光文社新書)があります。『土 地球最後の謎』は第7回河合隼雄学芸賞のほか、第1回日本生態学会奨励賞など多数受賞しています。
科学を生活に喩える比喩の数々
本書は科学的なテーマですが、随所に日常的な物事に置き換えた比喩が登場します。科学知識のない一般的な読者がついてきやすい工夫です。たとえば、藤井氏は地球を「栗饅頭」に喩えます。こしあんの中心に入っている栗が鉄とニッケルの塊である「コア」です。こしあんがマントル、こしあんを包む薄皮が地殻、その最表層の焦げ目が「土」にあたるとのこと。また、地球46億年は、“地球お母さん”46歳の半生に置き換えます。小学一年生から生き物係になり(生命誕生)、19歳で生計を独立した(酸素発生型光合成の開始)。41歳で一念発起して家庭菜園を始め(植物の上陸)、2年ほど暮らしていた恐竜兄さんが半年前に失踪し、今から10日前に小人たちが温室栽培を始めた(人類誕生)とのこと。
他にも、生命誕生の仮説については、「公園の犬のオシッコ臭(アンモニア)、サスペンスドラマにみる殺人現場のアーモンド臭(青酸)、生物標本のホルマリン臭(ホルムアルデヒド)がカミナリと下痢止め薬の粘土(スメクタイト)のそばで反応することで、生命の基本材料となるアミノ酸や糖類が揃う」と解説されます。状況は簡単には理解できませんが、相当ダイナミックなことが起きている感じはつかめます。
ほかにも、宇宙空間や地下では安定していた造岩鉱物が、地表で環境がガラリと変わり不安定になる状況を「社会人になって『アイツは変わった』と言われるのと似ている」と表現します。こういったユーモアを交えながらも、話は地球の歴史から生命の誕生、植物・動物の誕生、恐竜の絶滅、霊長類の進化など土を基準にした壮大な地球の変化が語られます。
粘土と生命の関係
そして、本書の鍵になるのが「粘土」です。藤井氏はこの「粘土」があってこそ生命が誕生したのではないかという説に触れます。これは、1950年代に化学者が行った実験をもとに提唱された仮説です。生命の元はアミノ酸ですが、粘土(スメクタイト)を加えなければ、アミノ酸が効率よく生成しません。粘土はアンモニアやアミノ酸、遺伝子を構成するリン酸など生命の材料を一同に集め、反応を促進します。ここにカミナリや熱噴出孔によるエネルギーが加わることで変化が起き、結果的にアミノ酸が生成されます(生命誕生の仮説)。
このように、粘土はまず生命を生み出す触媒としての役割があったと考えられています。さらに、粘土そのものも生命の一部だったのではないかとも言われています。アミノ酸や糖類は生命の材料なので、それだけでは生命は誕生しません。また、生命は自己複製します。これは、現在では遺伝子を構成する単位であるヌクレオチド(DNAやRNA)の役割です。しかし、もっと単純な物質である「粘土鉱物」が原始的な形で似たような役割を果たしたと考えることもできます。
ここで宅配便の伝票が例として取り出されています。これは筆圧で複写紙のインク袋が破れ、粘土(スメクタイト)に吸着することで着色する仕組みです。これと同じ仕組みが分子レベルで起き、情報伝達を可能にする現象が生命誕生前の地球で起きたと考えることもできます。
「粘土鉱物」は静電気の量や分布に応じてアミノ酸を吸着します。つまり、この「粘土鉱物」の鋳型に沿ってアミノ酸が複製されたと考えることもできるわけです。この「粘土鋳型説」はあくまで仮説ですが、このように自らを複製できる物質は、自然界では「粘土」と「遺伝子」のみとのことです。
土は「自律可能な知的システム」かもしれない
この他にも、本書では粘土と生命の関わりについて細かく検証され、本書最終部分では「土の知性」について考えます。ここで藤井氏は、「土は単なる砂と粘土と腐植の混合物ではなく、自律的な土壌再生、持続的な物質循環こそが土の本質であり、人工土壌が模倣すべき特性であることがわかった」といいます。続けてこの自律性について、「土は『知性』を持つかのように振る舞っている」「土の機能は、人間の脳や人工知能の自己学習機能と似ている」と藤井氏はいいます。加えて「多様な細胞(土においては細菌)があたかも知性を持つように臨機応変に機能する超高度な知性を、私は脳と土しか知らない」と述べています。
本書は「土とは一体何なのか」という点についてあらゆる側面から時代や分野を越えて幅広く深く検証、考察します。はじめ「土」は「砂+粘土+腐植の混合物」でしたが、最終的には「鉱物×生物=自律的な知的システム」へと拡張します。しかし藤井氏は、これはまだゴールではないといいます。本書を読むとその興味深い比喩も相まって、はるか長い生命の歴史と現在が頭のなかでぐるぐると動きながら繋がります。この圧倒的なスケール感は本書でなければ体験できないのではないでしょうか。この醍醐味をぜひ味わってみてください。
<参考文献>
『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』 (藤井一至著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000404469
<参考サイト>
藤井一至氏のホームページ
https://sites.google.com/site/fkazumichi/
藤井一至氏のX(旧Twitter)
https://x.com/VirtualSoil
『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』 (藤井一至著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000404469
<参考サイト>
藤井一至氏のホームページ
https://sites.google.com/site/fkazumichi/
藤井一至氏のX(旧Twitter)
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