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昭和の偉人たちが傍らにおいた座右の書『菜根譚』とは
		        	    
 極貧から這い上がり政界に進出、「コンピューター付きブルドーザー」「今太閤」との異名を取り、「日本列島改造論」で高度成長期の日本をリードした内閣総理大臣、田中角栄。東京急行電鉄(東急)を創業し、運輸通産大臣も務めた五島慶太。
『宮本武蔵』『新・平家物語』などの大衆小説で人気を博した昭和の大小説家、吉川英治。現役時代は「打撃の神様」と呼ばれ、監督になっては読売ジャイアンツを前人未到のV9(日本シリーズ9連覇)に導いた“ドン”こと川上哲治。
酸いも甘いも噛み締め、清濁混じりいる人の世の流れを力強く渡っていった、これらの巨人たちが座右の書として傍らに置いた本がある。
その本とは処世訓の傑作と讃えられる『菜根譚』。著したのは明(現在の中国)代末期の知識人、洪自誠(こう・じせい)だ。政治家や官僚が人を出し抜き、ずるがしこく出世することに明け暮れた権謀術数渦巻く時代に、洪自誠は役所勤めで神経をすり減らし、引退。田舎に引きこもり『菜根譚』を書き上げたと伝えられている。
加えて述べると、明代末期は道徳規範とされた儒教が形骸化し、満州において建国された北方の勢力、清に領土を脅かされるなど、人々が心身ともに頼るべき指針を失っていた時代でもあった。皆が不安に押しつぶされそうになっていた社会情勢の中、この処世訓の傑作は、世俗から離れて、わが身に降り掛かった災難を静かに見つめ直した失意の男から生み出されたのだ。書名にある「菜根」とは、野菜の根のこと。筋が多く硬い根を我慢してよく噛めば、世の中の真の味を理解できる、という意味が込められているという。
『菜根譚』は前集、後集あわせて357条の簡潔な談義からなっている。前集は俗世での人々との関わり方や仕事における身の処し方、後集では俗世を超えた穏やかな境地への至り方や「幸せな状態の心とは何か」という真理がしたためられているのが特徴だ。
数々の処世訓に共通するのは、中央の官僚仕事からドロップアウトした人物ならではの、欲得から距離を置いた冷静な視線。それでも捨てなかった「幸せなる心=平穏なる生き方」への渇望ゆえに、目先の利益に一喜一憂することなく見通しの悪い不安な時代を生き抜くための知恵がつづられている。そして、いつの時代にも通用する普遍の「よりよく日々を過ごす術」にあふれているのだ。
・「世の中を渡っていくのには一歩譲る気持ちが大切である。一歩退くのは、のちのち一歩を進めるための伏線となる」
つまり、人に対して寛大に接し利を与えることが、将来、自分が利を得るための土台になるということである。
・「利益を与えようとする者が、自分の施しの額を計算し、施した相手からの報酬を求めるようであれば、たとえ巨額のお金を与えたとしても、それは一文の値打ちにもならない」
相手からの見返りを意識しなければ、わずかな施しであっても、それは莫大な恩恵に値する。すなわち「見返りを求めない施し」という善意が、対人関係を良好にし、社会を平和にしていくのである。
他にも……
・「あれこれと苦心している中に、とかく心を喜ばせるような面白さがあり、逆に、自分の思い通りになっているときに、失意の悲しみが生じている」
・「なごやかで熱心な心の持ち主だけが、その幸せも厚く、恩恵も長く続くのである」
・「分を過ぎた幸福や、理由のない授かり物は、天が人をつり上げるための餌でなければ、人の世の落とし穴である」
・「人の過ちは許すのがよい。だが自分の過ちは許してはならない。自分のつらさは堪え忍ぶのがよい。だだ、他人のつらさは見過ごしてはならない」
といった含蓄のある言葉が、ページから次々とリズムよく繰り出されてくる。昔の本だが決して読みづらいことはなく、むしろ音読の気持ち良ささえも兼ね備えている、といっていい。
このように上記の処世訓を読んだだけでお分かりだろうが、『菜根譚』で洪自誠が伝えようとしていることは、人付き合いにおいても、仕事上の利益や名誉においても度を超えて動くのではなく、「ほどほど(中庸)であることが望ましい」ということ。そして目先の損得に右往左往して浮き足立つことなく、たとえ逆境にあっても悲嘆することなく、長い人生の行く先にある「心の幸せ」を見通して真摯に世の中を渡っていくべき、ということだ。
洪自誠の言葉には、不思議と心がほぐれる効果がある。その知見に触れると、リラックス効果というか、ふっと、ひと息ついて、落ち着いて周りを眺める余裕が生まれてくる。今よりももう少し周りに寛容になれる、穏やかさが生まれてくる。その寛容さがわが身を助けるのだ。
ハードワークに追い立てられ、心ならずも周囲に厳しくあたってしまい、それが災いを呼んでしまう……。そんなケースに、身に覚えのある方も多いと思うが、いらぬ災いも『菜根譚』の一節を心に据えておけば、未然に防げるはずだ。そして、不条理な目にあったときも、粘り強く現状を回復する力が沸いてくることだろう。昭和の巨人たちが信奉した処世訓の傑作にぜひ一度、触れてみてほしい。
		        『宮本武蔵』『新・平家物語』などの大衆小説で人気を博した昭和の大小説家、吉川英治。現役時代は「打撃の神様」と呼ばれ、監督になっては読売ジャイアンツを前人未到のV9(日本シリーズ9連覇)に導いた“ドン”こと川上哲治。
酸いも甘いも噛み締め、清濁混じりいる人の世の流れを力強く渡っていった、これらの巨人たちが座右の書として傍らに置いた本がある。
その本とは処世訓の傑作と讃えられる『菜根譚』。著したのは明(現在の中国)代末期の知識人、洪自誠(こう・じせい)だ。政治家や官僚が人を出し抜き、ずるがしこく出世することに明け暮れた権謀術数渦巻く時代に、洪自誠は役所勤めで神経をすり減らし、引退。田舎に引きこもり『菜根譚』を書き上げたと伝えられている。
加えて述べると、明代末期は道徳規範とされた儒教が形骸化し、満州において建国された北方の勢力、清に領土を脅かされるなど、人々が心身ともに頼るべき指針を失っていた時代でもあった。皆が不安に押しつぶされそうになっていた社会情勢の中、この処世訓の傑作は、世俗から離れて、わが身に降り掛かった災難を静かに見つめ直した失意の男から生み出されたのだ。書名にある「菜根」とは、野菜の根のこと。筋が多く硬い根を我慢してよく噛めば、世の中の真の味を理解できる、という意味が込められているという。
『菜根譚』は前集、後集あわせて357条の簡潔な談義からなっている。前集は俗世での人々との関わり方や仕事における身の処し方、後集では俗世を超えた穏やかな境地への至り方や「幸せな状態の心とは何か」という真理がしたためられているのが特徴だ。
数々の処世訓に共通するのは、中央の官僚仕事からドロップアウトした人物ならではの、欲得から距離を置いた冷静な視線。それでも捨てなかった「幸せなる心=平穏なる生き方」への渇望ゆえに、目先の利益に一喜一憂することなく見通しの悪い不安な時代を生き抜くための知恵がつづられている。そして、いつの時代にも通用する普遍の「よりよく日々を過ごす術」にあふれているのだ。
人付き合いにも役立つ処世訓
では、仕事でも、プライベートの人付き合いでも役立つ処世訓をいくつかあげてみよう。・「世の中を渡っていくのには一歩譲る気持ちが大切である。一歩退くのは、のちのち一歩を進めるための伏線となる」
つまり、人に対して寛大に接し利を与えることが、将来、自分が利を得るための土台になるということである。
・「利益を与えようとする者が、自分の施しの額を計算し、施した相手からの報酬を求めるようであれば、たとえ巨額のお金を与えたとしても、それは一文の値打ちにもならない」
相手からの見返りを意識しなければ、わずかな施しであっても、それは莫大な恩恵に値する。すなわち「見返りを求めない施し」という善意が、対人関係を良好にし、社会を平和にしていくのである。
他にも……
・「あれこれと苦心している中に、とかく心を喜ばせるような面白さがあり、逆に、自分の思い通りになっているときに、失意の悲しみが生じている」
・「なごやかで熱心な心の持ち主だけが、その幸せも厚く、恩恵も長く続くのである」
・「分を過ぎた幸福や、理由のない授かり物は、天が人をつり上げるための餌でなければ、人の世の落とし穴である」
・「人の過ちは許すのがよい。だが自分の過ちは許してはならない。自分のつらさは堪え忍ぶのがよい。だだ、他人のつらさは見過ごしてはならない」
といった含蓄のある言葉が、ページから次々とリズムよく繰り出されてくる。昔の本だが決して読みづらいことはなく、むしろ音読の気持ち良ささえも兼ね備えている、といっていい。
このように上記の処世訓を読んだだけでお分かりだろうが、『菜根譚』で洪自誠が伝えようとしていることは、人付き合いにおいても、仕事上の利益や名誉においても度を超えて動くのではなく、「ほどほど(中庸)であることが望ましい」ということ。そして目先の損得に右往左往して浮き足立つことなく、たとえ逆境にあっても悲嘆することなく、長い人生の行く先にある「心の幸せ」を見通して真摯に世の中を渡っていくべき、ということだ。
洪自誠の言葉には、不思議と心がほぐれる効果がある。その知見に触れると、リラックス効果というか、ふっと、ひと息ついて、落ち着いて周りを眺める余裕が生まれてくる。今よりももう少し周りに寛容になれる、穏やかさが生まれてくる。その寛容さがわが身を助けるのだ。
ハードワークに追い立てられ、心ならずも周囲に厳しくあたってしまい、それが災いを呼んでしまう……。そんなケースに、身に覚えのある方も多いと思うが、いらぬ災いも『菜根譚』の一節を心に据えておけば、未然に防げるはずだ。そして、不条理な目にあったときも、粘り強く現状を回復する力が沸いてくることだろう。昭和の巨人たちが信奉した処世訓の傑作にぜひ一度、触れてみてほしい。
<参考文献・参考サイト>
・『菜根譚 中国の処世訓』(湯浅邦弘著、中央公論新社)
・『菜根譚』(洪自誠著 今井宇三郎訳注、岩波書店)
・NHK『100分 de 名著』
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/38_saikonntann/
			            
		            ・『菜根譚 中国の処世訓』(湯浅邦弘著、中央公論新社)
・『菜根譚』(洪自誠著 今井宇三郎訳注、岩波書店)
・NHK『100分 de 名著』
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/38_saikonntann/
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