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DATE/ 2016.12.12

ブラック企業ランキングに現れた意外な企業とは

 2016年のブラック企業ランキングには、大手居酒屋チェーンや家電量販店などに混じって、意外な企業の名前が入っています。クリーンで頼れるイメージしかなかった「日本郵便」です。一体どういうことなのか。調べてみました。

実は郵便局員から始まっていた「自爆営業」の名

 自爆営業。企業の営業成績を上げるため、従業員が自己負担で商品を購入して、売上を確保する行為のことです。最近ではコンビニのクリスマスケーキなど、アルバイトにまで販売ノルマが課せられる例も多く、「ブラック」要因の一つに挙げられるのも無理のないところでしょう。

 この言葉は、郵便局員に対する「年賀ハガキ」のノルマが発祥だったのだそう。現場では決して「ノルマ」とは口にせず、「目標」とされています。でも、例えば目標一人700枚に対し、全員が700枚を達成し、誰一人600枚や800枚の成績を上げないのはあまりにも不自然ではないでしょうか。

 2013年には官房長官から総務省に対して、注意要請もなされました。その後はどうなのかというと…。記念切手はますます豪華になる一方。「おせち」「お歳暮」をはじめとするカタログショッピングは現在ではネットショップにシフトして、従来の「ふるさと産品」のみならず、化粧品や食品などを幅広く扱っています。それにつれ、バラエティに富んだ「必達目標」が毎年設定されているのが現状のようです。

過労自殺、逆パワハラ自殺も出る職場?

 2016年10月には、6年前にうつ状態となり自殺した埼玉の郵便局営業主任の男性(当時51歳)の自殺原因をめぐる訴訟に決着が出ています。

 訴状によれば、男性は2006年にさいたま新都心郵便局に異動。年賀状販売などに厳しいノルマがあったほか、ミスをすると大勢が出席する朝のミーティングで報告を求められる職場環境に悩んでいたとのこと。2008年にうつ状態と診断され、一カ月後に復帰しますが、その後も発症と復帰を繰り返したそうです。訴訟を支えた団体の証言では、その間その男性は社員申告書に異動希望を書き続け、産業医の面談でも訴え続けましたが「まだそんなこと言っているのか!」と一蹴されていた、とのことです。

 業務上の過重なストレスが原因として、遺族は日本郵便に約8千万円の損害賠償を求めましたが、結審の内容は「和解」の二文字。原告側の代理人弁護士によると、日本郵便が遺族に解決金を支払う内容で金額は非公開。和解条項では、男性がうつ状態になったことや自殺したことについて「遺憾の意を表する」とされました。

 さらに同じ頃、愛知県新城市の郵便局勤務の男性(当時47歳)が2014年に自殺したのは、部下の嫌がらせによるうつ病が原因だとして、妻が国を相手取り、労災を認めなかった労働基準監督署の処分取り消しを求める訴訟を起こしています。

「聖域なき改革」のツケ?

 思えば郵政民営化から来年2017年で10年。2015年秋には日本郵政グループのうち、日本郵便を除く3社の株式も上場されています。ここで少し、現在の「日本郵便」が置かれている位置を確認しておきましょう。

 「郵政省」から「郵政公社」への改変を経て、日本郵政グループは、株式を保有管理する「日本郵政株式会社」をはじめ、郵便業務と郵便窓口を通じた窓口サービスを行う「郵便事業株式会社(日本郵便)」、郵便貯金業務を行う「株式会社ゆうちょ銀行」、生命保険業務を行う「株式会社かんぽ生命」に4分割されています。この間、元「ペリカン便」だった日通から移行した「JPエクスプレス」や現場の3業務を一元化して窓口業務に配分する「郵便局株式会社」などは廃止されました。

 「日本郵便」は郵政省時代から赤字部分を貯金・保険業務の黒字で埋めてきた経緯のある部署です。そもそも「全国津々浦々に信書を届ける」郵便事業は住民サービスであり、採算うんぬんとは別もの。ましてやメールどころかSNSが通信手段のメインとなった現在、年賀はがきが「地域のニーズにあったサービス」(日本郵便経営理念より)とは到底いえないでしょう。

 目的と手段の不統一を棚上げにして、競争社会での生き残りのために公務員時代の体質改善を急いだこと、早急に「トヨタ方式」を取り入れたことなどが、ブラック化の陰に潜んでいるとすれば、痛ましくてなりません。「聖域なき改革」のツケが回ってきた、ということでしょうか。
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授