●松下電器が成功した9つの理由は4つに集約できる
松下幸之助さんがどういう経営をしてきたかということについて、最後に申し上げたいことがあります。それは、松下電器が成功した理由を9つ挙げましたが、これを集約したダイジェスト版としての4項目です。1つ目は、社員に誇りを与えたということです。そして2つ目は、社員に励ましを与えたということで、3つ目は社員に感謝をしたということ。4つ目は、社員に感動を与えたということです。
松下幸之助さんが理想を掲げたことは、社員に誇りを与え、そして励ましを与えました。何よりも人材に恵まれたという考え方は、言ってみれば社員に感謝をしているわけです。そして全員経営は、結局は社員に感動を与えたことになります。
●社員を褒めるだけでなく、必要なときには叱ることも必要
この感動というものは、口先だけの感動では駄目です。近頃では、社員を褒めろということが大合唱されています。しかし、褒めてばかりいて社員を堕落させてしまっている責任は大きいと、私は思っています。褒めるべきときには褒めないといけないですが、叱るべきときには叱らなければならない。病気でもそうです。薬で病気を治す努力はしなければなりません。しかし、薬で治せないときには外科手術も必要になるわけです。
ですから、褒めることが薬を与えることだとすると、叱ることは外科手術に当たります。いよいよだというときには、外科手術をする度胸がないといけない。ところが、もう外科手術をしないといけないときに、「褒めろ、褒めろ」「薬だ、薬だ」となってしまうと、結局はその人材を殺してしまうことになります。
●松下幸之助は社員を叱るときにでも感動を与えられた
ところが松下幸之助という人は、社員を叱ったとしても、その社員に感動を与えることができたのです。それはなぜかと言えば、最初に戻りますが、人間とは何かという考え方が松下幸之助さんにはあるからです。偉大な存在である人間というのは、一人一人がダイヤモンドを持っている。ダイヤモンドを持っている一人一人の社員に対して、心から礼を尽くして叱らなければいけない、接しなければいけない。そう松下幸之助さんは考えているわけです。
これは、シリーズ内でもお話ししましたが、私が「何人で会社をやっているのか」と聞かれた時のことです。私が「250人です」と答えたら、「1000人やな」と松下幸之助さんは言いました。私が「いやいや250人です」と言ったら、松下幸之助さんはまた、「1000人やな」と言いました。私が「いや、250人です」と言ったら、松下幸之助さんは私の顔を見て、「君、家族のことは勘定に入れていないのか?」と言ったのです。社員のことだけを考えていて社員の家族のことを考えていない、社員の家族の生活や命を預かっているという責任感はないのか、そういうことを言ったわけです。私の方は、もう返す言葉がなくてうなだれる以外にはありませんでした。
松下幸之助さんはまた、そんなに社員がいたら叱ることもあると思うが、どういう叱り方をしているのかと、私に尋ねてきました。どういう叱り方をしていると聞かれても、いろいろなケースがあるし、人によってはいろいろな叱り方があります。ですから、そこに共通項があるのかと思いつつ、「悪いことや方針に合わないことがあったら、叱ることになります」と、答えを返したら、松下幸之助さんは、「君、部下を叱るときにはな、心の中で手を合わせながら叱らんとあかんで」と言ったのです。
松下幸之助さんの考えは、一人一人がみんな自分とは異なるダイヤモンドを持っている。だから、その一人一人に心の中で手を合わせながら叱らないといけないというものでした。別のときには、「叱る場合はいろいろなことを考えて叱ってはいない、思い切り叱りたいときは叱っている」ということも言っています。ですが私には、心の中で手を合わせながら部下を叱ることが大事だと言いました。
●人間大事という考え方が松下幸之助の経営の根底にある
いずれにしても皆さんの頭の中に入れておいていただきたいのは、松下幸之助という人の経営は、お金を追いかけた経営ではなかったということです。それが、いいとか悪いとかいろいろなご意見があるとは思いますが、お金を追いかけずに人を追いかける経営をしたということです。私は、お金を追いかけていたらお金は逃げていたと思います。逆に人を追いかけたからこそ、お金が集まってきたのだろうと思います。
人を追いかける経営は、これからますます重要になってくるだろうと思います。2045年に技術的特異点(シンギュラリティ)を迎え、技術が人間を逆転する現象が起きると言われています。そのような2045年を越えた時に私たちが強く意識すべきなのは、人間観、あるいは人間から出発する経営と...