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経済現象を理解するには、歴史的な観点が欠かせない

人の資本主義(2)経済史と人間という概念

中島隆博
東京大学東洋文化研究所 教授
情報・テキスト
『経済史 今を知り、未来を生きるために』
(小野塚知二著、有斐閣)
「人の資本主義」というこれから訪れる経済構造を考えるためには、歴史的な視座から経済と人間を見ていく必要がある。そこで中島隆博氏は、小野塚知二氏の『経済史』とミシェル・フーコーの『言葉と物』を参照する。(2018年5月15日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「人の資本主義」より、全8話中第2話)
時間:08:46
収録日:2018/05/15
追加日:2019/02/20
タグ:
≪全文≫

●経済現象を理解するには歴史的な観点が欠かせない


 未来社会を考える手掛かりとして、今日は小野塚知二先生が最近お出しになった『経済史』(有斐閣)という本を見ながら考えてみたいと思います。皆さんは経済史というものにご興味はおありでしょうか。私はこの本の書評を、東京大学の『UP』という雑誌に書きました。この『UP』の良いところは、普通の書評が数10文字からせいぜい数100文字で内容をまとめなければならないのに対し、5,000字程度文字数に余裕があるため、相当思い切ったことを書ける点です。

 私はその冒頭に、「経済史への熱」というパラグラフを置きました。私は学生の時、経済史に大変興味を持っていました。不思議な学問領域だとずっと思っていました。ちょうど私が学生だった頃は、経済学観がマル経から近経、つまりマルクス経済学から近代経済学に移行していく時期でした。私は経済史とはどちらかというマルクス経済学に属しているというイメージで捉えていたのですが、この小野塚先生の『経済史』を拝読すると、もはやそのような二項対立は無意味であることが分かります。

 今の経済現象を分析するためには歴史的なパースペクティブを置くことが極めて大事です。さきほど社会的想像力という言葉を使いましたが、実はこの経済史はわれわれの社会的想像力の一翼を担っているのです。ですからそれを変更することによって、資本主義への見方も変わってくるのではないかと、私は思っています。


●経済史をみることで、資本主義との付き合い方を考える


 小野塚先生は『経済史』の中で次のような重要なことをお書きになっています。「個人の際限のない欲望を即時に管理し、また、欲望を適切に維持・創出し、個人の行為・感情までを<望ましい>方向に即時に誘導・介入する社会構造を実現できるなら、人類の文明を文字通り調和のとれた形で末永く維持し、かつ成長と資本主義を可能ならしめることができるのかもしれません。労務管理と生活管理の究極の姿をそれは示しています。そこには、基底的価値としての人格・自由・自律はありませんが、疑似的な自覚・自由・自律が確保できるなら、それは、介入的自由主義の現代を、新たな人間操作技術と統治技術・思想によって再建することになるでしょう」。

 これはなかなか意味深な文章です。小野塚先生は元々労務管理のスペシャリストです。近代イギリスにおいてどのような労務管理がされていたのかを細かく研究されています。つまり資本主義の誕生した場所であるイギリスで、人間を資本主義の中に組み込む技術を研究なさっていたわけです。そのため、この『経済史』という本には見るべきところがたくさんあるのですが、やはり来るべき資本主義の在り方についてのアイディアが特に重要だと思います。

 小野塚先生の『経済史』における議論は、次のようなものです。歴史を見ると、われわれは曲がってはいけない曲がり角を曲がるように、いろいろな失敗をしてきました。しかしその上で資本主義をなんとか飼いならしていかなければなりません。これと付き合う以外に今のところ手段はありません。それではよりましな付き合い方とはどのようなものなのだろうか。小野塚先生はこの問いに答えようとしています。しかしこれが私には、来たるべき「人の資本主義」の最も重要なフィールドであるように思えます。


●「人間」という概念が終わりを迎える?


 ビオポリティークという概念を作ったのはミシェル・フーコーです。彼の主著の1つに『言葉と物』(新潮社)という本があります。初版は1966年であり、半世紀ほど前の本です。フーコーという名前ぐらいは皆さんひょっとすると耳にされたことがあるかもしれません。彼は歴史(系譜学という言葉を彼は使います)を系譜的にたどることにより、今起きている事柄の文脈を明らかにして、その意味を掘り起こす、ということが大変巧みでした。この本は、『言葉と物』ですので、人間の歴史にとって言葉と物との関係とはどのようなものであるか、という非常に抽象的ですが難解な問題に取り組みました。

 ところが、この本の最後の言葉は次のような謎めいたものです。「人間は、われわれの思考の考古学によって、その日付の新しさが容易に示されるような発明にすぎぬ。そしておそらくその終焉は間近いのだ」。そして最後のところでは、「賭けてもいい」と前置きしつつ、「人間は波打ち際の砂の表情のように消滅する(であろうと)」と言っています。半世紀前の言葉です。

 われわれは、人間という概念が近代にとって大変重要な概念であるということを知っています。ルネサンス以降、西...
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