●「変わりたくない」日本の課題
―― 次に小宮山先生にお伺いします。先生の東大総長時代に私が一番心に残っている言葉は、「先頭に立つ勇気」です。東京大学はとても伝統的な組織で、変えづらい組織だったのを、よくぞ4年間であそこまで変えられました。東大EMP(東京大学 エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)も作りました。27ほどの学部に横串を刺して80人ほどの教授を集めてくるということから始まり、「先頭に立つ勇気」を唱えました。先生は共感力を持っておられるので、ついてくる人がとても多かった。
また、「知の構造化」といって俯瞰的に見るためには主観が大事だと言い、データで見るだけではなく、「だいたいこのあたりだろう」というものをつかむセンスが秀でて優れていたということですね。そのあたりのことを、プラチナ構想ネットワークを含めて「自律分散協調」の考え方などから、先生なりの回答を述べていただけたらと思います。
小宮山 私は学生に3つのことを言いました。「本質を捉える知」「他者を感じる力」、そして「先頭に立つ勇気」です。要するに、よく理解し、理解したなら自分でやれというのが「先頭に立つ勇気」の背景です。それを学生に言ってしまったから、単純に言って自分がやらないのは卑怯でしょう。
それで今は自分で考えたことを実践していて、どこまでできるかなというところですが、ただ、だんだんと仲間が増えてきていることは確かなので、どこかで日本が動き出すのではないでしょうか。
動き出すということでいえば、今は動き出していないですよね。(岸田政権が唱える)「新しい資本主義」といっても、うまくいくとは思えません。それは結局、今変わらなくてはいけないわけですが、皆変わりたくないからです。では何が必要かというと、私はもっと国内に目を向けるべきだと思っているのです。
皆、グローバライゼーションといって海外に行く。海外に雄飛する。これは、島田先生のおっしゃった、日露戦争を勝ち、太平洋戦争には負けてしまったけれども、その後、世界一まで上り詰めた時にやってきたことです。
だけど、あの時代は世界で工業を持っている国は、今のG7やG8といった国しかなかった。他の国は工業を持っていないから資源を売ったのです。その時に、いわゆる加工貿易――外から資源を輸入して、製品を作って、売るというモデル――が非常にうまくいった。それを一番うまく行ったのが日本で、同じくらいうまく行ったのがドイツでした。
だけども今は逆で、9割の国が工業を持っています。そうすると、資源を買って、製品を売るというモデルだけでやっていけるわけがありません。そうしたときにちょうど、温暖化という問題が起こりました。温暖化とは、要するに二酸化炭素を出してはいけないということなので、簡単にいえば石油・石炭・天然ガスが使えなくなるということです。
そうすると、エネルギーに関しては(やがて)再生可能エネルギーになるということが、大きな流れとして決まっています。けれども、(日本は)そちらに向かってなかなか変われない。
では変わるとなると、何をやろうとするか。経済産業省は――経済産業省だけではなく、内閣府もそうですが――企業にヒアリングするのです。すると、企業は変わりたくないから、今まで石油を輸入していた人たちは石油の代わりに水素を輸入する、船を造っていた人たちはLPG(液化石油ガス)船の代わりに水素を運ぶ船を造る、などという話がすぐに思い浮かびます。それが、企業が変わりたくないということの証左だと思います。
だけど、まず考えるべきは国内です。国内の再生可能エネルギーをよく計算してみると、(全面的にそちらの方向に切り替えて)それに真摯に取り組めばですが、国内だけでも余るほど買えるのです。しかし、そちらを考えようという人たちは少ない。なぜ少ないかというと、変わりたくないからです。
政府は選挙に勝たなくてはならないから、国民の言うことを聞きます。そうすると、10万円を配るほうが人気は出てしまう…。ということに、本当になるのでしょうか。国民に10万円ずつ配っていたら、日本がダメになることは分かりきっています。
●国内で需要をつくり成長していくことこそ「新しい資本主義」
小宮山 「新しい資本主義」といっても、(要するに)「成長」と「分配」と「需要」です。アダム・スミスは「人のことはとやかく考えずに(とにかく)金を稼げ、そうすると神の見えざる手でもってうまくいく」と、「成長」のことを述べました。それに対してマルクスは、「そんなことをしたら恐慌が来るし、格差が大きくなってどうしようもない」と言い、「分配」について唱えました。それに対してケインズは、「いや、大丈夫だ。政府がうまく《需要》を作っていけば、資本主義の持つ危なさの...