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「なぜ」と考え、わからぬものはわからぬまま受け入れよ

読書と人生(5)読書の根本は神秘との対面

概要・テキスト
昔の人間は、わからぬものは、わからぬままに受け入れた。夫婦でも、「男は女をわからない」「女は男をわからない」と考えていたからこそ、かえって離婚も少なかった。だが、いまは、みんな賢しらで「わかった」と思い込み、思いどおりにならなければ、投げ捨ててしまう。そもそも、他者の魂など、そう易々と「わかるはず」がないのである。魂をわかるためには、体得するしかない。そのためには、自己責任の体当たりで向かっていくしかないのである。(全10話中第5話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:16:25
収録日:2019/05/14
追加日:2019/09/13
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≪全文≫

●解説書の9割は外れている


―― 行間を読む、行間から浮かんでくるというのは、読書家でない人にはすごくわかりづらいように思います。どのような感覚なのでしょう。

 執行 書いてあることを鵜呑みにするのでなく、「なぜ書いたか」を考えることです。「なぜ、著者はそう書いたのか」、それを考えながら読むことが行間を読むということです。それを続ける中で、ベテランになると行間が読めるようになるのです。

 だから読書の根本は、神秘に対面することです。神秘と対面しようと思わなければ読書はできません。

 同じようなことが、アルベルト・マングェルの『読書の歴史』に書いてあります。アルゼンチンの有名な人で、実業家、ジャーナリスト、哲学者を全部兼ねているような人です。この人も読書が好きで、『読書の歴史』に「読書は泣くために読みなさい」とあります。これが行間の感動で、泣くためにその人と魂を共にするのです。泣くためにのみ読む。損得ではないということです。

 「誌面の中にある神秘と対面しなさい」とも語っています。これが僕の言う神秘なのです。だから役に立つ本を読む人は、神秘とは対面できません。神秘ではないので役に立つわけですから。そうではなく、神秘と対面しなければダメなのです。

 僕は文学を読む場合も、最初に解説書を読みません。たとえばドストエフスキーの『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』なら、まず、その本自体を読みます。たいてい内容はわかりませんが、この混沌としたわからないところから、ドストエフスキーの魂が浮き上がってくるのです。学問的に興味があれば、あとで解説書を読めばいいのです。

 解説書は、僕自身の人生経験で言うと9割方はまったく外れています。若い頃、勉強のために読みもしましたが、当たっているのは10に1つで、そのくらい解説書はダメなのです。解説書はそもそも哲学や文学のハウツー本ですから、ほとんど僕は読みません。

―― 読めてないわけですね。

執行 読めてない。解説書が当たらないのは、僕が一番大切にしている神秘と対面しないからです。神秘と対面するには、「役に立とう」とか「その本を読んで会社で出世したい」などと思ってはいけません。思えば神秘は消えてしまいます。

 神秘と対面するには、自分の生命で死ぬために読まなければダメです。「自分は、自分の生命を全うして、1人の人間として...
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