●自分が一番輝ける「定年後の居場所」を持つことが大事
―― 一つ大きな問題になっているのが居場所です。定年になると、仕事がなくなって、なかなかその穴を埋めるものがないという人がいますが、まずは自分の居場所をどうつくるのかというところから、お話をお聞きしたいと思います。ここは本当にどうすればいいのでしょうか。
楠木 多くの現役の会社員の人は、おそらく会社の仕事が中心にあって、そこでずっと長い間過ごしてきた後に会社を引退します。よって、定年で退職した後に会社の仕事に代わる、生活の中心になるものを持っておくのがベストだということを、多くの人に話を聞いていて感じます。それを「定年後の居場所」という言葉にしてもいいと思います。
それは自分なりの居場所ということですが、この居場所とは、単に空間的な場所という意味だけではなく、過去の思い出、あるいは過去に自分が好きだったことも含めて、自分自身が自分自身である場所のことでもあります。大袈裟にいうと、「この居場所にいるときが自分は一番輝いている」といえる場所のことで、そうした場所を持てればいいのです。定年後は時間もあるので、そういう場所、そういう気持ちを持てれば非常にいいと思います。そういうことで、居場所という言葉を使っています。
よって、居場所は単にそこに居るということだけではありません。具体的にいうと、自分で少し小商いや起業をしてみたり、引き続き違う組織で働いたり、ボランティアや地域活動をやってみたり、あるいは学び直しや過去からの自分の趣味をやってみたりするなど、いろいろなパターンがあっていいと思います。
大切なのは、その人に合っていることをやることです。お金儲けができるから、他人から良く見られるからということではなく、先ほど言ったように、自分が自分でいられる、この居場所が一番だと思えるものに取り組むことが大事であるというのが、取材した私の実感です。
●お金の問題は切り分けず、キャリアや仕事とセットで考えていく
―― そのときに当然ながら考えられる不安としては、そうした自分のやるべきところに行けるかどうか、また経済的な部分をどうするかもあると思います。
楠木 そうですね。
―― 先生は経済的な部分について、案外、心配するほどのことはないと、本にも書いています。これは、例えば厚生年金を受給される人にとってその部分はそれほど心配しなくていいということでしょうか。
楠木 そうですね。一般論としてはという言い方がいいかもしれませんが、若いときから定年まで働いた人の場合、30年あるいは40年と結構働いているので、その分の厚生年金は、まずまずの金額が出ると思います。おそらく厚生労働省が発表しているものでも、毎月二十数万円ほどだと思いますが、それくらい出るので、そんなに贅沢をしなければ、またはお金が少し足りないと思って慎ましやかに支出を締めれば、お金に困って路頭に迷うことはないのかなというのが、私が多くの人に話を聞いた実感です。
人によってお金の多寡は違うので一概には言い切れませんが、どちらかというと、先ほど言ったように自分の時間をどう使うか、あるいは自分が一日どう過ごしていくかなど生活上の部分や、仕事あるいは自分の気に入ったものをどう見つけてやっていくのかという部分のほうが大きいということが、私が取材した実感としてあります。
―― そうすると、経済的にどうしても(働かなければ)という働き方よりは、自分がこれまでやりたかったことをどうやっていくか、あるいは地域でどう生きていくかなど、そうしたことをスタートにして、収入をどうするか考えるという発想のほうが大事ということでしょうか。
楠木 そうですね。そこまで言わなくてもいいかもしれません。お金が足りないから働くというのは、非常に大きなモチベーションです。その中で仕事を探してやっていくことも、先ほど言った今までの会社の仕事の中心部分に代わるものとしてやっていくという意味では素晴らしいことなので、そういう働き方はもちろんあってもいいでしょう。しかし、それだけで嫌々働くのであれば、いろいろな働き方のチョイスがあるのではないかと思っています。
先ほど、起業やボランティア、趣味などいろいろ挙げましたが、汎用性が高いという意味ではやはり働いてお金を稼ぐこと自体、多くの人にフィット感があります。そういう意味で、定年後も働くことはすごく重要なことだと感じています。
お金の問題もその中の要素の一つと捉えてもらえば、あまりお金だけを分けて議論するよりも、キャリアや仕事とセットで考えていくというスタンスが大事ではないかと思っています。
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